洋画アメコミSS

□ぬるま湯
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※R18※
かなりねちっこい性表現があります、苦手な方はご注意下さい。
1965年、コンビ組んでちょいの二人

―――

 いつもと同じルートを当たり前のように辿って、アーチーは巣に帰ってきた。最近、ナイトオウルはロールシャッハをアーチーに乗せるとき、どこで降ろせばいいか、と聞かなくなった。途中で降りたいときや、彼と共に基地に帰りたくないときは、ロールシャッハから言い出さなければならない。
 少し無遠慮になったナイトオウルの意図は知る由もないが、彼がロールシャッハの意思を無視して行動することはなかったので、ロールシャッハも特に文句を言わずにいた。

 アーチーの離着陸に十分な広さを持つ地下通路は、基地の秘密を外部から守るのに役立っている。おかげで、バカでかいアーチーが何度となく飛び立っても、ここがナイトオウルの拠点としている場所だとは誰にも気付かれていない。
 ナイトオウルとコンビを組むようになってひと月ほどたつが、ロールシャッハは、最初の印象ほど、彼は不用意な男ではないと思うようになっていた。
 ナイトオウルはヒーローとして正体を知られることの危険性をよく理解していたし、だからこそ、身元が割れるような証拠は決して残さなかった。広告塔のような目立つアーチーでさえも、自身の象徴として悪人どもを震え上がらせることはあれど、そこから拠点を知られることがないよう、細心の注意を払っている。それは専用の地下通路を設けているだけでなく、アーチーの発着経路を確保するために、基地の周辺一帯の土地を買い占めるほどの念の入れようだった。
 だからこそ、ロールシャッハには、自分を乗せたままアーチーを秘密基地へと帰着させるナイトオウルの行動が理解できない。
 そこは単に、ヒーローとしての彼の拠点であるだけではなかった。地下の秘密基地の上には、コスチュームを脱いだときの彼【ダニエル・ドライバーグ】の自宅があるのだ。

 このひと月ほどの間にロールシャッハは、フクロウのコスチュームを着た相棒が、柔らかなブラウンの髪と淡いブルーの美しい瞳をもつ、年下の青年であることを知った。彼の本名が【ダニエル・ドライバーグ】であることも知らされたし、アーチーの保管場所である秘密基地には他にもさまざまな機器があって、彼のヒーロー活動を助けているということ、そして、その地上が彼の自宅になっているということも知った。
 慎重なナイトオウルらしからぬ、短慮で浅はかな行動だと思う。たとえ今相棒だからといって、明日はどうなるか分からない。ロールシャッハに言わせれば、人の心ほど変化しやすく、あてにならないものはないのだから、こんな自分に自宅の場所まで教えたナイトオウルの気がしれない。
 いつぞや、ナイトオウルに直接そう伝えたこともあるが、「自分の命を預けている相棒くらいは、信用したいんだ」と彼は言った。はにかむような表情でありながら、淡いブルーの瞳を真っ直ぐロールシャッハへと向けて。
 僕は、信用できる相手を選んだつもりだよ。ロールシャッハを困惑させる眼差しで、青年は言った。

  *

 実は、ナイトオウルが初対面でロールシャッハをアーチーに乗せ、素顔を晒したのにはそれなりの理由があった。コンビを組む相手を探してはいたが、それは信用のおける相手でなければならない。共に戦い、命を預けあえる相手でなければ。
 ロールシャッハがアーチーの内部を見て、その設備を必要以上に羨ましがったり、資金繰りを気にしたり、ましてや資金援助を依頼してきたりするような人間だったら、コンビを組もうとは言い出さなかった。素顔を晒したときに、自分の若さを妬んだり、または極端に馬鹿にしたりするようならば、心を許すことはできないと思っていた。
 しかし、染みマスクの小柄な男は、素顔を晒したナイトオウルを一番にたしなめた。こんな俺を容易く信用するな、と。
 犯罪者に対して容赦ないロールシャッハのやり方は知っていたが、そのとき、彼の絶対的な正義感の一端に触れたような気がして、ナイトオウルはますます相手に興味を惹かれたのだ。

  *

 低く響いていたエンジンの唸りが止まると、途端に飛行艇の中は静かになった。その静けさと、何くわぬ顔でアーチーを操作し、タラップを降りるよう自然に自分を誘導するナイトオウルにいたたまれなくなって、ロールシャッハは身を捩って触れようとしてくる手から逃れた。
「……どうしたの?」
 マスクを頭の後方へと脱いだ青年は、きょとんとした顔でロールシャッハを振り返る。
「お前は、馴れ馴れしすぎる」
 ロールシャッハは、自分が今まで築いてきた外郭を、あっさり越えて踏み込んでこようとする若者に危機感を抱いていた。それはナイトオウルに対する恐れというよりも、ナイトオウルと馴れ合うことに慣れてしまう、自分に対する恐怖だった。
「……ごめん」
 しゅんとして目を伏せるナイトオウルに、ロールシャッハの心が痛む。
(クソッ……この痛みを感じることこそが、俺の意思が弱体化している証だ…!)
 些細なことでいちいち痛みを感じていたら自分の心がもたなくなることを、幼いウォルター・コバックスは本能的に学んでいた。表情を消し、感情を殺すことで自分を守ることを覚えた少年は、そうすることが、何者にも左右されない「強い自分」になることだと信じていた。
 ―――それなのに。
「いや……良いんだ、俺が人付き合いに慣れていないだけで…」
 それなのに、最近のロールシャッハはナイトオウルに絆されてしまう。彼の眉が寂しげに顰められるのを見ると、耐え難い胸の痛みに襲われて、思わずフォローするようなことを口走ってしまう。
 ロールシャッハはそんな自分が不快だった。しかし、ナイトオウルをそのままにして置いて、害虫とドブネズミの駆け回る、狭くて汚いアパートの自室に戻ることを想像したとき、彼はもっと不快な気分になるのだった。

「今日もシャワーはいいの?」
「いらん」
 きれい好きなナイトオウルは、自警活動から戻ったあと、体に張り付くデザインの衣装を脱いでそのままにすることは決してなかった。いつも必ずシャワーを浴びて、コスチュームからリラックスした格好に着替え、それから地上の自宅に戻る。危機管理の観点からもコスチュームのままで自宅に戻ることは避けているのだと言うが、そのためだけに地下の基地にバスルームを設けていると知ったときはさすがに呆れた。
 ナイトオウルとは対照的に、ロールシャッハは極端なまでの風呂嫌いだ。平気で一週間以上、風呂に入らないことも度々ある。
「……部屋に上がって待っていても構わないけど、カーテンは閉めておいて。それから、コスチュームのままで外に出ないでね」
「それくらい分かっている…とっとと行ってこい」
「うん……ねぇ、ロールシャッハ」
「まだ何かあるのか!何だ!」
 ぐずぐずとシャワー室行きを渋るナイトオウルに、いい加減いらついて、いっそこのまま帰ってしまおうかという考えが頭を掠める。
「すぐに出てくるから、待っててよ?シャワーから出たら君が帰ってた、なんて嫌だからね……次の作戦も立てないといけないし…」
「――っ!分かったから、さっさとしろ!」
 ナイトオウルのコスチュームを脱いだダニエルは、甘えたれの若造だ。それでいて、若さゆえの自信に満ち溢れた図々しさを持っているから腹が立つ。
 少し前の自分なら、間違いなく苛ついて帰宅していたはずだ。そう分かっていながら、ロールシャッハは地上に出る階段を踏んだ。帰宅するなら、地下通路を使うべきなのに。


  
  
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