洋画アメコミSS

□It's too late
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愛はあるのに愛のない医者/探偵

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 引き締まった彼の体のわずかに余った皮が、えびぞりに反った背中の真ん中へとしわ寄せをくらって波打つさまを見た瞬間、急に嫌気がさした。
 カビ臭く薄暗い室内には、カーテンから洩れ入る光が舞い上がる埃に反射しながら一条の帯を描いている。
 渦巻く硝煙の臭い、男のものでしかない彼の体臭、しかし、伸びた癖っ毛を掴んで後頭部を引き寄せると、かすかに妖艶な花の香りがした。


 かの名探偵どのにとって、男女の情愛など、冷静で的確な判断を鈍らせうる悪因でしかないはずだった。彼は常々、色恋に関心の大半を奪われているような盲目の若人たちを、ほとんど嘲るような調子で俯瞰していたものだったが、まさか自らが、その忌むべき軽佻浮薄に陥ることになろうとは想像だにしていなかったに違いない。

 あの麗しき女泥棒にホームズが心を惹かれていると、私が最初に気付いたのはいつだったろう。
 彼女とホームズはさして親しくもなかったはずだし、頻繁に出会うこともなかった。にも関わらず、こと男女の恋愛にはとんと無機質であったはずのホームズの心は、いつの間にやら抑えがたい本能の導きに陥落していたのだった。

 探偵というのは往々にしてそういうものなのかもしれないが、事件のないときの彼といったら、ひどい鬱状態で他者との関わりを一切絶って平気で数日を過ごすこともあるし、そうでなければコカインの魅せる夢の巣窟で精神を浮遊させているかのどちらかだった。
 そんな訳だから、かろうじて探偵業のおかげで廃人に転がり堕ちるのを免れているホームズが、一応は健全に、女性に心を動かされているらしいということは……まぁその相手がしたたかで妖艶な女泥棒だということを差し引いたとしても、友人としては喜ばしいことである。
 おまけに私は、まだホームズには打ち明けていないものの、近々愛しい女性に愛を告白し結婚を申し込むつもりでいた。婚約そして結婚ともなれば、ホームズとの共同生活には終止符を打たねばならない。その上で、廃人のような彼ひとりを残していくのはいささか忍びないと案じていたところだったのである。


 祝福しようと切り出した話題であったはずなのに、どういう訳か私は今、ホームズを背後から押さえ付け、彼の身体を無理矢理におし開いている。
 彼の尻に逸物を突き刺し、抽挿するのを自分でぼんやりと眺めながら、心に相反する自らの身体に驚いていた。
 彼とは何度も身体を重ねてきたし、その中には今日のような手酷いセックスもかなりあった。むしろ、まさに今だってそうなのだが、ホームズの方もそのような痛みを伴う行為にこそ高ぶる傾向があるようだった。
 変態め。
 心の中で罵りながら、ひっ掴んだ彼の髪にかすかに残る、覚えのある艶やかな花の香と、彼自身の体臭とが混ざっているのにひどく興奮していた。
 この男はどんな顔をして、どんな甘い台詞を囁きながら、どのように女を抱くのだろう……


 ホームズは常々、男女の情愛がいかに慧眼を曇らせ、物事の本質を歪曲させるかということを説いていた。多分に嘲りを含んだ彼の物言いには、ごく一般的な恋愛観しか持たない私にとって賛同しかねる点も多かったが、少ししてホームズの方から身体の関係に誘われたとき、戸惑いながらも合点がいった。
 あの演説は、このための牽制だったのだ。
 私とホームズが身体の関係を持つようになったのは彼からの誘いがきっかけだが、ホームズは事前にきっちりと私を牽制していたのだろう。いかに情愛を軽視しているといえども、彼だって男だ、生理的欲求は起こる。
 互いに深みに嵌まらないよう牽制しつつ、手近でかつヘテロである私はホームズにとって都合の良い相手だったのだろう。
 私はというと、同性の趣味はないはずだったが、ホームズの慣れた手管にすっかり呑まれ、甘んじて彼の性欲処理担当を引き受けていた。



 掴んでいた髪から手を離すと、ホームズの頭は下半身の揺さぶりに合わせてぐらぐらと揺れた。その定まらない不安定さに苛つき、彼の頭を床に押さえ付けて盛り上がった肩甲骨に歯を立てた。
「ホームズ、嗅ぎ慣れない匂いだ……アドラー嬢と会っていたのか」
 くっきり付いた歯形に舌を這わせると、息を詰めながらホームズは喘ぐ。
「き、君こそ、最近違う匂いがする……知的で芯が強くて、でも恥じらうことを知っている、そんな匂いだ……」
 ホームズの当てこすりは無視して、ひときわ深く腰を打ち付けた。
「ひ、あっ、ワト、ワトソ…ワトソン…!」
 余裕なく私の名前を繰り返すホームズには応えず、無言のまま、彼の体内に白濁を注ぎ込んだ。
 彼の喘ぎや私を追う視線に、ただの性欲処理以上の熱が籠っていることなど、本当は薄々気がついていた。
 しかし、今さら遅い。
 情愛は足枷でしかなく、行為は欲望をやり過ごすためのもの、そうやって始まった関係なのだ。
 そして今、私には愛しい女性がいる。

 ほら、すべては手遅れだよ、ホームズ。


―――

END
   

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