洋画アメコミSS

□I'm no more!
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RDJ出演作【ワンモアタイム】Fィリップ/Aレックス(ルイ)
※過去捏造注意

―――

 夕食でもどうだ、とフィリップに誘われて付いていった先は、僕が「ルイ」だったときにもよく利用していたレストランだった。コリンヌと出会う前はフィリップと二人で、彼女と出会ってからは三人で、安価な割に味が良いから気に入って通った店だ。
 若くもなければ美人でもないウェイトレスが注文を取りに来て、火曜日のおすすめはポークだ、とフィリップが言う前にポークを注文したので驚かれた。
「…この店、来たことがあったのか」
 彼の質問は「アレックス」に対するものだ。一度チャンスを逃して以来、結局彼には僕の前世がルイだったことは言えずにいる。
「いや…初めてだけど…」
 打ち明けたものだろうかと思案して言葉を濁した僕を見て、フィリップが訝しげに首を傾げる。
「けど?」
「や、何でもない」
「……そうか」
 彼は何か言いたそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
 先にビールが運ばれてきて、二人で乾杯する。フィリップは普段より口数が少ないようだった。僕の方も、アレックスとしての立場とルイとしての立場とで混乱してしまいそうになり、互いに会話は弾まなかった。
「ところで……ミランダとはどうなってるんだ」
 酒瓶を二人で何本かあけ、運ばれてきたポークチャップをやっつけているときに、フィリップが何気なく切り出した。
「はぁ、別にどうにも…」
 どうにかなってたまるか。ルイだったときの記憶を取り戻した以上、彼女は僕の実の娘なのだ。
「ミランダは君のことを気にしているようだけどね」
「そう」
「なんでも……君は彼女に、他に気になるひとがいると言ったそうじゃないか」
「……まぁ、ね」
 彼に夕食に誘われた時点で、何か言われるだろうとは予測していた。ミランダのことを話題にしながらフィリップはまだどこか、奥歯に物がはさまったような言い方をしている。
 なんとなく、彼が言いたいことは分かっていたが、それはこちらから振るような類いの話題ではないはずだ。
 知らぬふりをして、目の前の肉にフォークを突き刺す。
 黙々と肉を切って口に詰め込むことに集中した。フィリップは歯切れの悪い調子で何かを切り出そうと試みていたが、じきに諦めたのか、その後は他愛ない世間話に徹した。
 ルイにとっての親友であり、アレックスにとっては仕事の世話をしてくれようという親切な男性である、そんなフィリップを相手に、どうにも会話が弾まず、お互い無駄に酒瓶を煽ってばかりいた。


 そんな訳だから、ぎこちない夕食が終わったころには、二人ともかなり酔っていたのである。特にフィリップは、思うようにならない会話にストレスを感じていたのかずいぶんとペースが早く、そのぶん酔いも回りきってしまったようだ。
「ねぇ、しっかり、して、よっ!」
 足をもつれさせる彼に肩を貸してやりながら、仕方なく家まで送ってやった。奥手ながら堅実な彼が、ここまで酔っぱらったところを見たのは―――空白の22年間を差し引いたとしても―――久々だ。
 ルイだったころに何度も訪れたことのある彼の家になんとか辿り着き、フィリップをつついてキーを出させる。勝手知ったる彼の家のリビングまで暗闇を手探りで進み、ソファに彼を投げ出してようやく一息ついた。
「フィリップ……寝室までは自分で行けよ、そこまでは面倒見ないぞ」
 無意識のうちに、彼に対する態度がアレックスのものではなく、ルイのそれになっていく。ソファに沈んだ彼からは返事がなかった。
「おい、風邪ひくぞ……電気つけようか?」
 隣家から漏れ入る光で彼を見下ろしながら、無言の彼の頬をぺちぺち叩いて反応を見る。
「……アレックス」
 突然フィリップが目を開き、僕の手首を掴んで引き寄せた。
「う、わっ!」
 思わず彼の上に倒れ込んでしまったところを、不意打ちで体勢を逆転されて、気付いたときにはフィリップが上にのしかかっていた。
「ちょ、フィリップ!」
「……アレックス、お前、まさかとは思うが、ミランダよりもコリンヌに惚れたなんてことはないだろうな」
 レストランから引っ張って先伸ばしにしてどうしても聞けずにいたくせに、酔った勢いと圧倒的な体勢の優位を借りて、彼はようやく、本音を口にしたのだった。
 今さらコリンヌに惚れるもなにも、ルイは妻を愛するあまり、前世の記憶を僕に背負わせたほどなのだ。アレックスでありながら同時にルイでもある僕にとって、コリンヌは最愛の女性、愛しい我が妻に他ならない。
 とはいえ、それを打ち明けるには、今は間が悪すぎる。フィリップは酔って冷静さを欠いており、到底信じてもらえそうにはないうえに、下手をして彼の地雷を踏んだ場合にも、体勢の不利を考慮すると彼の攻撃を避けられそうにない。
 改めて自分を押さえ込んでいる彼の表情を見つめると、薄暗い中にもくっきりと浮かび上がった彼の燃える両目が、複雑な感情を乗せて見つめ返してきた。

 その途端、脳裏にとある情景が蘇った。

 自分の前世はルイだったと、コリンヌの良き夫でありフィリップの親友であったのだと思い出してからも、前世の記憶は依然として鮮明だったわけではない。むしろ「ルイ」の記憶は断片的で、それでも愛するコリンヌに関することだけは、彼女を深く愛しているということだけは、確かに覚えていた。
 そんな僕が忘れていた、ひとつの記憶。

 のしかかる男の重み、酒気を帯びた息づかい、ルイの頭もアルコールで鈍っていたが、自分を組み敷くの男の絶望的な悲しみだけは強く感じ取っていた。

 何ということだ。
 ルイは、親友に抱かれたことがある!

 フィリップが長い間、コリンヌに想いを寄せながらもその気持ちをひた隠しに隠し、指一本触れられずにいたのは、単に彼が小心者だったからではなかったのだ。
 亡き親友ルイに対する、絶対的な負い目が、そこにはあった。

 しかし、ルイの記憶を取り戻した僕は、ルイ自身しか知り得ないはずの秘密を知ってしまった。
 フィリップの一方的な行為ではなかった、ルイもまた、親友を自ら受け入れたのである。
 親友と同じ女性を愛し、密やかに散った恋を嘆いていたフィリップは、アルコールで助長された悲しみと劣情をルイにぶつけた。
 コリンヌを譲る気持ちは更々ないが、親友のことも同じく大切に思っていたルイは、堅実で穏やかな友人がいつになく激しい感情を露呈したことに、驚くと同時に歓喜していた。

 二人とも、相手に欲情していた。



 今、このアレックスの体を押さえ込んでいる男も、あのときと同じ、深い悲しみの淵にいるのだと感じられた。
 コリンヌを愛する気持ち、親友を大切に思う気持ち、親友を失い、恋敵がいなくなり、しかし過去の負い目と夫を失ったコリンヌの悲しみがその関係の進展を阻み、そして今、突如現れた若い男が長年の想い人に好意を寄せている。しかも、フィリップにとってその若い男、アレックスは、なぜか初めて会ったとは思えないような親しみを感じる相手であるはずなのだ。まるで、親友ルイが蘇ったかのような……


 熱に浮かされた瞳が近づいてくる。現実を倒錯したフィリップにつられて、アレックスであるはずの僕も、自分が何者なのか分からなくなっていく。

 痺れた頭で、キスに応じた。
 一度、二度と触れ、離れていく唇を追うようにフィリップの首に腕を回す。そのまま深く、舌を絡める。熱い吐息が漏れて、彼の大きな手のひらが僕の頬を包む。
 倒錯、そして凄まじいほどの快ちよさ……


 我に返ることができたのは、フィリップの苦しげな表情を見たからだった。
「フィリップ!」
 思わず股間を蹴り上げてしまったのは悪かったと思う、僕も彼のキスに股間を苦しくさせていたのだから、襲われた女のような反応をしてしまったのはフェアじゃなかった。
 しかし、そうでもしなければ止められそうになかったのだ。フィリップではない、僕自身の興奮をだ。
 ここで止めなければ、あのときの過ちを繰り返すことになってしまう。
「ぁぁあアレックス!す、すまない、僕は何てことを……」
 股間の痛みで現実を取り戻したフィリップが、慌てて僕の上から飛び退いた。
「ぼ、僕こそ…なんかボーッとしちゃって……ごめん」
「……君が謝ることはないよ。ああ、何をやってるんだ僕は……本当に、最低の男だ…!」
「違う!」
 僕が生まれるより前の、僕たちの一度きりの過ち。それはけっして、フィリップひとりの過ちではなかった。
 彼だけが、必要以上に苦悩し続けてはならないのだ。
「……僕の方も、応じてしまった。お互い、酔ってたし…君だけが悪いんじゃない」
 今日のことも、あのときのことも。
「……ルイ……」
「え?」
「あ、いや、あれ……ごめんよ、何だか君が、昔の知り合いに思えて……」
 いっそ僕はルイだと言ってしまおうかとも思ったが、アレックスとしての自我がそれを躊躇わせた。それは今まで感じたことのなかった不安だった。
 ルイのことをよく知るコリンヌとフィリップという二人に、僕がルイだと認識されてしまったら―――「アレックス」はどうなる?

「どうした、アレックス」
「……あ、いや、何でもない……とにかく、このことで自分を責めるのはナシだ、僕も、悪かったし。それに君は酔っていた」
「……アレックス」
「考えすぎないで、OK,と言うだけで良いんだよフィリップ。考えすぎて身動きが取れなくなるのは、君の悪い癖だ」
「……つい先日会ったばかりなのに、ずいぶん僕の性格を分かっているようだな」
「そんなの。見てれば分かるさ、コリンヌに対する君の態度!」
「それは…言わないでくれよ」
 眉尻を下げて情けなさそうに笑うフィリップは、そう言うお前はコリンヌのことをどう思っているんだ、とはもう聞かなかった。
 思えば、彼も傷つき、絶望していたのだ。どんなに身を捩っても届かない、コリンヌへの想いに。

 ソファから起き上がって、部屋の電気をつける。フィリップは僕が退いたソファに沈み込んでいた。
「……大丈夫?」
「ちょっと…今日は飲みすぎた…」
「僕はもう帰るけど…ちゃんと目覚ましセットしてから寝なよ」
「あああ……明日も仕事か」
 おやすみ、と告げて、フィリップの部屋を後にした。


 「アレックス」は彼の想いを成就させてやりたいと言っている。「ルイ」は、親友を大切に思っているけれど、コリンヌへの気持ちを完全に断ち切ることも、彼にはまだ難しい。
 割りきれない思いを抱えたまま、アルコールの余韻が残る頬を夜風で冷やそうと、玄関のドアを押した。
 やけに重たいドアだった。


―――

END
    

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