洋画アメコミSS

□Pattern B
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結婚間近の医者と病み気味探偵
「Pattern A」の続きのような別ver.のような。

―――

 メアリーとの結婚に対するワトソンの意思は堅かった。さまざまな手口で彼の気を変えさせようとしたが、今のところすべて徒労に終わっている。
 例えば、メアリーを含む女という存在を非難して、彼を思い止まらせようとした。例えば事件に巻き込んで、彼を独占しようとした。手術用のモルヒネを拝借して、彼の気を引こうとした。そして例えば、他の男に抱かれて、彼に嫉妬してもらおうとした……


「ホームズ、私はいい加減うんざりしているんだが」
 アパートのドアを開けた瞬間、言葉を失っていたかと思えば、開口一番に彼はそんなことを言う。
「……なにが?」
「なにが、じゃない、今もだ、その、目!」
「はて」
「また私の薬品を勝手に使っただろう!」
「あああ、そんなこと」
 ワトソンの怒鳴り声が部屋中に木霊して聞こえる。ワンワン響いて目が回ってそれが可笑しくて仕方ない。
「ワトソン、部屋中に君がいるみたいだ、く、くく」
「……ホームズ…!」
 彼の瞳が哀願してくる。そんな悲痛な声を出すなよ、いつも通りにいこうじゃないか。
「ワトソン、ワトソン、気楽にいこう。私は他の薬品も『たしなむ』が、君のは格別だ。なぜだか分かるかい」
 ハッとしたような顔をして、ワトソンが悲しそうに目を伏せた。そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
 まったく、嫌になるほど正直な男だ。

 上物のコカインだろうと、私にとっては「彼の」薬品と比べれば目ではなかった。私が彼の薬品を使うということは、彼に対するささやかな抵抗なのだ。私の卑屈な無言の叱責に対して彼が見せる困惑した表情、心配してくる瞳、度重なる愚行に呆れ返るその態度さえも、私にとっては快楽となり得た。
 けっして悲しませたいわけではなかったが、私が薬品を拝借するたびに本気で怒鳴ってくれる、そんな彼を見て、私がある種の快感を得ていたのは事実だった。我ながら悪趣味ではあるが。
 しかし、わざわざ「彼の」薬品に手を出すのは、ただ快楽のためだけではない。ワトソンもそれを知っている。

「なぁドクター……私が心配なら…抱いてくれよ…」
 へらへらと笑いが止まらない。部屋の入口に立ち尽くしているワトソンに歩み寄り、上目づかいににやついたまま、彼の上着のボタンに手をかける。
「―――っ、断る!」
 善は急げとばかりにボタンを外しにかかった指先を荒々しく払われて、一瞬、笑みを絶やしてしまった。
「……じゃあ、誰か他のやつに抱かれてくる」
「ホームズ!」
「ハイな気分のうちに抱かれたいんだ、君が抱いてくれないなら仕方ないだろう」
 じろりと睨み付けてワトソンの横をすり抜けようとしたところを、腕を掴まれて制止される。
「離してくれないか」
「ホームズ、いい加減にしろ!―――結婚はやめない!私はここを出ていく!」

 言ってしまってから、我に返ったような顔をするのはずるい。余計に傷つく。
 傷つく?私は傷ついているのか?ならば、どういうわけだ、へらへらと笑いが止まらない。

「なんでそんなことを言う、いつものように嫉妬して、抱いてくれるだけでいいのに」
 可笑しくもないのに笑いが止まらない、それが可笑しくてたまらなかった。
「なぁワトソン、いつものように、結婚も、私のことも捨てられない、卑怯な男になってくれよ…」
 私の腕を掴んでいるワトソンの手を握って、そう言ってみる。声は震えなかっただろうか、いつもの軽口のように聞こえただろうか。
 彼の顔は見ることができなかった。
「すまない、ホームズ……」
「……君のそんな反応を望んだんじゃない」
 わざわざ「君の」薬品に手を出したのは、そんな謝罪を貰うためじゃない。

 ああ、目一杯希釈したのにな、薬でおかしくなっているのだろうか、言いたくない本音が出てしまう。

「……まいったな、薬が切れかけているようだ。思ってもいないことを口走ってしまう……ワトソン君、すまないが、少し一人にしてくれないか」
「ホームズ……」
「ああ、また薬を使わないか心配ならば、私をベッドに縛り付けておいても構わないぞ。明日の朝に戻ってきてくれればいい」
「ホーム―――」
「私を抱けないのなら、今は放っておいてくれ!」

 最悪だ。
 私としたことが、思いのほか大声になってしまった。これではまるで、私が傷ついているみたいじゃないか。
「ワトソン、ワトソン…すまない、少々薬をやり過ぎたようだ。今は一人にしてくれ」
「そんなこと……出来ないよ、ホームズ」
「……ずるい男だな」

 すべてを私のせいにして、ただ抱いてくれるだけでいいのに。
 君がそうしてくれないと、私は君とまともに向き合わなければならないじゃないか。
 君と別れなければならなくなる。君を送り出さなければならなくなる。
 そんな役目を、私ひとりに負わさないでくれよ……


 力なくワトソンの腕を振り払い、ソファに倒れ込んで頭を抱えた。無言のままで、しかし私のそばを離れる様子のないワトソンが歯がゆい。
 私の罠にはまれないというのなら、婚約者を裏切れないというのならば、いっそ私を完全に見限ってくれればいいのだ。そうすれば余計な期待を抱かずにすむ。しかし彼には、それも出来ないらしかった。

 とはいえ、ワトソンに捨てられてしまうことは想像するだに恐ろしく、私自身、それを口にすることすら出来ずにいる。
 無言のワトソンの気持ちが分かってしまうからこそ、なおさら苦しい。
 大切な人ひとり繋ぎ止められないのなら、こんな頭脳などないほうがマシだ。


―――

END
     

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