01/09の日記

11:56
短文【曽芭】
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ついったで面白そうな診断メーカーを知ったので、ちょっと挑戦してみました。
短く済ませたかったのに、だらだらと冗長になってしまうのは私の文章の悪いところです。
おかげで日付が変わってしまった…日替りの診断なので、気が向いたらまた挑戦したい。
ちなみにお題は↓これ。
【たけのこさんは、「夜の畳の上」で登場人物が「震える」、「ココア」という単語を使ったお話を考えて下さい】

ココアに苦戦して、ちょっと無理があります。
ココアを出すためだけに、時代設定は無駄に昭和です。
あ、曽芭です。
細かいことは気にせず、雰囲気だけで流し読みして頂きたい。



―――


 河合曽良は一途に幸福のただ中にいた。それは久しく忘れられていた感情だったが、彼は魂の鳴動とでも言うべき圧倒的幸福感に打ちひしがれ、心地よく地に倒れ伏しているのだった。
 壮大な心の躍動に共振するかのように、全身がぶるぶると震える。

 ああ、あの人はこの夜を、ただ一人で越そうとしているのだ!

 なんと素晴らしい夜であることか。身動ぎすると畳で頬を擦り、薫りの薄れたい草を遠くで感じた。磨り減った畳は当初は鮮やかな萌黄をしていたが、今や見る影もない。萎びたあの人の手を思い出して、河合はそっと畳の縁をなぞった。
 途端に、彼の幸福に翳りが差す。
 他愛ない和室の畳を見ていてすら、いつの間にかあの人のことを考えている自分に気付いて、河合は愕然とした。幸福の絶頂にいる河合をしてもなお、あの人は自分を紺碧の滝つぼに叩き落とすだけの影響力を誇っているのだ。
 否、あの人は無自覚なのである、だからこそ始末が悪い。
 あの人が影響力を誇っているのではなく、自分がそれだけ彼の挙措を意識し、日常の中に彼の面影を知らず知らずのうちに探してしまっているのだ。容易ならない事態である。

 冬の夜は更けてゆく。
 満たされていたはずの気分は冷めきってしまい、畳から身の芯まで差し込む冷気が伝わってくる。寒い。先ほどまで幸福感で熱く脈動していた身体が、今は孤独の寒波に震えている。
 あの人は今宵、一人で夜を越す。そのことは河合に言い知れぬ幸福感をもたらしたが、まやかしが解けてみれば何ということはない、自分もまた、ひとり。
 この長い冬の夜を、一人。

 薄く繊細に編み込まれた硝子の幸福感は、畳に砕けて散ってしまった。硝子の破片は畳の目に入り込む。少しの事では、もはや取り除けぬ。心の奥底まで侵入してきたあの人を、もはや追い出せないのと同じように。
 月を浴びて、目に見えぬはずの些末な破片が蒼く光を反射しているような錯覚をおこした。

 ジリリリリ、突然、静かな月夜に似つかわしくない呼び出し音が、一人分の吐息と鼓動と古い柱時計の振り子の揺れる音に支配されていた静寂を切り裂いた。
 河合の心臓が跳ねる。この家の黒電話を鳴らすのは、ごく限られた人間だけだからだ。
 相手の顔が思い浮かぶからこそ、愛憎を込めて、たっぷり時間をかけて、しかし相手が電話の呼び出しを諦める前に、けたたましく鳴る受話器を取り上げた。
「……河合です」
「……遅くにごめんね、松尾だけど…」
 耳に押し当てた受話器から聞こえてきた消え入りそうな声は、確かに河合が思い描いていた人のものだった。
「……こんな時間に何ですか、もう寝てたんですけど」
 出来るだけ不機嫌そうに聞こえるよう努めて、河合は内なる快哉を圧し殺した。
「ご、ごめん……特に用はないんだけど…河合くん、何してるかなぁと、思って…」
 はぁ、とこれ見よがしに嘆息してみせてから、譲歩したふりをして切り出す。
「眠れないんですか」
「…う、うん…」
「良い歳をして、みっともない」
「ごめんなさい…」
 謝ってばかりいるようでいて、実のところは松尾も心得たもので、河合が煩わしいような態度を取りながらも拒絶はしていないことを把握しているに違いないのだ。だからこそ、図々しい。だからこそ、河合はこの年上が憎くてかなわない。
「……ココア」
「えっ?」
「ココア、用意しといて下さいよ。松尾さんのせいで、すっかり目が覚めてしまいました。仕方ないから家まで行ってあげます」
「あ、ありがとう!お湯沸かして待ってるね!」
 河合の家と松尾の家とはごく近い。羽織を引っかけて、下駄に爪先を落とす。直ぐにでも戸を引こうとして、あまりに早く駆けつけるのも癪だと思い直し、玄関先でたたらを踏んだ。
 湯が沸くころに悠々到着しようと魂胆しながらも、松尾はしかし、電話をかける前から湯を沸かし終えているはずなのだ。

 駆け引きをするには、どちらも相手に溺れすぎている。


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