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□ぬくもり
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君の熱。
君の重み。
君の存在。

すべてが私の心を…



ぬくもり




過去を失ったガンダムのパイロット。
ガンダムに焦がれ、撃ち落としたユニオンの英雄。

本当ならば戦場でしか交わることのなかった二人の糸は、偶然か奇跡か絡み合った。

グラハム・エーカーを軍の人間が語るならばある種の天才というかもしれない。
冷静沈着な指揮能力。
類いまれなるMSの操縦能力。
年若いにも関わらず、ベテランの操縦士にも劣らぬ判断力。
さらに彼には、他にはない勢いまであった。
そのため、軍内には尊敬、嫉妬、憎しみ…多くの感情がグラハムへ向けられていた。

だが、親友のビリー・カタギリがグラハムを語るならば、そこにもう2つ3つ加わることとなる。

「ロマンチストのリアリスト。さらに冷静沈着にみせかけて猪突猛進」

こんな具合に。


グラハムが自分がどこか歪(いびつ)であることに気づいたのは軍に入ってからであった。

高揚した気分の中にひどく冷めた自分がいる。
冷静な自分の中に叫びだそうとする自分がいる。

そしてそれを冷静に見ている自分がいる。

何をしても満たされない。
何を手に入れても満たされない。
誰を手に入れても満たされない。

きっとカウンセラーに言わせると、幼少時の記憶だの、成育歴だのの言葉が出てくるのだろう。

だが、その歪みは間違いなくグラハムの中で共存していて、いつしかそれが当たり前になっていた。

だからわからなかった。
混乱した。
ひどくこわかった。


愛する人ができて、その人のことしか見えなくなることが、こんなにも幸せで、不安なことなんか知らなかったのだ。

「グラハム」

彼が少し幼いイントネーションで呼ぶ。
6歳まで記憶を後退させた彼は全幅の信頼をグラハムに寄せていた。
それが嬉しくて抱き締めた。
誰の目にも触れさせず、怪我の療養を名目にして3か月二人きりで。
愛おしさを増していく彼ーニールと一緒にいられることが幸せで幸せで…

最近は怖い。

ニールを抱きしめて眠る夜、目が覚めたら彼の記憶が戻って消えてしまうかもしれない。
二人との食事中、気が変わったユニオンがニールを連れに来るかもしれない。
ニールが自分を拒絶するときが来るかもしれない。

それは、恐怖であり絶望だった。

それでも、そんな日が来るはずないと自分をごまかしていたのだ。

だからこそ、目が覚めて腕の中のぬくもりがないと気づいた瞬間グラハムは飛び起きて寝室を飛び出していた。


「ニール!!ニール!!!」


お気に入りのソファにもいない。
キッチンにもいない。

「にーる!!!!」

足が震える。
体の力が抜けて、足先から急に冷えていくような感覚にグラハムは座り込んだ。

「にーる…」

胸が痛い。
今までだって別れはあった。
でも、悲しくても冷静に他人なんだからしょうがないとどこかで思っていた。
だけどダメなのだ。
ニールだけは。

だが


「グラハム…?なにしてるんだ?」

声が聞こえた瞬間グラハムは勢いよく頭を上げていた。

「床に座ったりなんかして。かぜひくぞ?」

ぺたぺたと素足のまま歩いてくるのは間違えなくニールで、彼の髪が濡れているのを見てシャワーを浴びていたのだと思い当って全身の力が抜けおちる気がした。

「おい。グラハム?」

心配気な声を聞いて急に胸が熱くなり、グラハムはこらえきれず目の前に立つ彼の腰に縋りついていた。

「わっ!!ちょ!グラハム!!」

シャワーを浴びていた彼は、服越しにも体温が感じられて体の隅々までその熱に温められていくのを感じる。
それと同時に、勝手に眼を熱いものが流れ出すのを止めることができなかった。

「ニール…」

いつの間にかこんなに大切になってしまった。
シャワーを浴びている物音にも気付かないなんて全くの軍人失格なのに、ニールがいてくれたという真実だけで胸が満たされて涙が止まらない。

「グラハム…ないてるのか?」

彼はきっと戸惑っているだろう。
同居人のいい年をした男が腰にすがりついていきなり泣き出すなんて呆れているに違いない。
今度こそ愛想を尽かされてしまうかもしれない。

それがまた怖い。

なのに、ニールは何も言わなかった。
何も聞かずにおずおずとのばされた手はグラハムの背中を優しく撫でさすっていた。

「どうした?こわい夢見たのか?」

腰にしがみついたグラハムを包み込むように、子どもをなだめるように優しく。

「よしよし…おれもこわい夢見たことあるし、泣いても恥ずかしくないって母さんが言ってた。ないしょにしとくから、泣いてもいいよ」

一生懸命に語りかけてくる声が愛おしくて一層強くしがみ付くと、少し苦しそうに身をよじって背をなでていた手がそっとグラハムの肩を押して距離を置こうとした。
それが彼の拒絶のように思えて咄嗟に顔をあげてニールの顔を見ると、少し困ったような、でも優しい表情があった。

「そんな顔するなよ。おれが手にぎってるからもう一回寝よ」

きっと自分はとてつもなく情けない顔をしているに違いない。

だからだろう。
困り切ったニールの顔が近付いて、額に暖かくてやわらかな感触。
恥ずかしそうに真っ赤に染まったニールの顔。

「ニール…」

「こわい夢見ないおまじない。母さんが言ってたから」

呆然と片手でニールの唇の感触を確かめている間に、もう片手をとって立ち上がらせてもらい、さらにその片手をつないだまま寝室へとひっぱるようにして連れて行かれる。
そして、手際よくベッドにグラハムを寝かせてしまうとニールは床にしゃがんで顔だけをベッドに乗せ、片手を握ったままでグラハムの頭を優しくなでていく。

「ここにいるから、寝ていいよ」

「ニール」

なんてあたたかいのだろう。
あんなに冷えていたのが嘘のようにニールの触れている場所から熱が流れ込んでくる。

またこぼれ落ちそうになる涙をぬぐいもせず、グラハムはそっとニールの手を引いていた。

「一緒に寝てくれるかい?そうしたら悪い夢は見ない」

ニールは戸惑った様子で、それでもそっとベッドに上がり定位置であるグラハムの腕におさまってくれる。

「おれがいるから、わるい夢みないよ」

気遣わしげな優しい子。
グラハムの背をトントンと叩く手。

グラハムはいつの間にやらトロトロと遅い来る睡魔に素直に身をゆだねていた。


好きになればなるほど怖い。
失うときの悲しみは計り知れず。
だが、それでも愛することをやめられない時、人はどうしたらいいのだろう?
この優しさを失い日が来るかもしれない
このぬくもりを失う日が来るかもしれない
だけど…
そんな日はこないかもしれない

滑稽なほど臆病な自分。

「愛しているよ…」

愛を理由に幼子を家に閉じ込めるようにして自分だけの世界において。
それでも不安は消えないけれども

「もう少し…」

もう少しだけ二人だけでいさせて。
愛を信じられるようになるまで…。



…グラハムよわっ!と思った皆様申し訳ありません…菜々様すみません〜(汗)
3333HITリクとして「連載中グラロクの番外編でちょっとシリアス→甘々」をいただいていたのに、甘が足りません!
しかもグラハム激弱です!
私の中で、何事にも全力投球なグラハムだからこそ、失うことを知っているグラハムだからこそ失うことへの恐怖ってすごく強いんじゃないかと思ってこうなりました。
愛を信じられる、なんて100%はありえないかもしれない。失う恐怖はあっても手を離すことはできない。
特に、この設定でニールは内面6歳で清いおつきあいをしている段階なので不安は強いのかな…と。
弱いグラハムを包み込む6歳でもママなニールくんでした。
お読みいただいてありがとうございました!

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