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□育 番外編
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グラハム・エーカーの朝は、非常に幸せな狸寝入りから始まる。
それは。
「グラハム、起きろって!」
一生懸命に自分を起こそうとするいとおしい人ーニールの存在があるからである。
一時ユニオンで記憶を失ったことを理由に始末されそうになったニールを自宅に連れ帰ったのが1ヶ月前。
急な展開に目を白黒させていたニールもやっと馴染み始め、6歳の子供(といっても、体は成人のものだが)にしては周囲に気を使う彼は何もしないで家に住まわせてもらうことの抵抗をもったようだった。
「俺も、グラハムのために何かしたい…」
うっすら涙ぐんで訴えるニールの姿を思い浮かべるために、情けなく頬が緩んでしまうのを押さえきれない。
正直に言うと、ニールがそこにいてくれることがグラハムの望みであったが、それではニールは納得しないだろう。
「では、毎日仕事に遅れないように僕を起こしてくれるかい?実は、朝が苦手なんだ…」
そう言ったのは、ニールに負担にならないもので、しかも朝一番に愛しい人の顔が見られるという特権つきの素晴らしい提案と我ながら思ったからである。
それから毎日、この至福の時間は続いている。
「起きろよ!グラハム〜」
一生懸命声をかけても起きないグラハムに焦れたニールは、布団をかぶるようにして眠るグラハムの方を揺すりながら必死に声をかける。
それでも、少しでもこの時間を引き延ばしたいと思うグラハムが起きないと、声は徐々に縋るような、切ない響きを纏いだす。
こうなるとグラハムの負けだった。
たとえ自分が原因でも、ニールを悲しませることなどあってはならないからだ。
「…おはよう、ニール」
にやけた顔を隠していた布団から這い出るようにすると、心配そうに潜められたニールの瞳。その瞳が心なしか潤んでいるように見えた。
しまった…今日は粘りすぎたか…
朝の目覚ましを頼んですぐの頃、自分を起こす声があまりに気持ちよく、寝たふりを続けているとニールは心配で涙声になり、グラハムが起きたことに気づいて泣いてしまったのだ。
目が覚めてみたのが、ニールの泣き顔。
それは、二人の出会いを思い出させるものでグラハムは己の愚かさを呪い、二度と自分のエゴで泣かせないと誓ったのだ。
…それでも懲りずに寝たふりを決め込んでしまう愚かな自分を知ったのもニールと出会ったためだが…
「今日も君の声に起こされた私は幸せ者だ。憂鬱で仕方なかった朝が待ち遠しくて仕方ないよ」
そういうグラハムに、ニールは心底幸せそうに微笑むのだ。
グラハムとて軍人。寝起きが悪くては、こちらの都合お構いなしにねじ込まれる仕事をこなすことなどできず、本当は寝起きで苦労したことがない。
それなのに、こんな茶番を演じるのはニールのこの微笑が見たいが故だった。