小説(その他)

□敗北
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   一

 彼はすべてを後悔した。彼の頭の中には様々な思いがめぐっていた。なぜ、あの場であのように言わなかったのだろう。どうして、あの場であのように行動しなかったのだろう。煩悶が四六時中、彼にとりついている。
 彼はすべてを失ったかのような心持ちだった。彼の心は大海の小島にぽつんとただ一つ取り残されていた。彼の周りには大勢の人間がいるというのに。
 終わってしまったことを振り返っても仕方がないと彼自身は分かっているのだが、そう思えば思うほど、過去の事への執着は強まっていく。ああ、と慙愧の念のこもった深い溜息をこの数分の間に何度ついたことだろう。彼は今度は自分の気持ちを落ち着かせようとして深呼吸を試みた。だが、気が動転していることは誰の目にも明らかだった。脈は時とともに次第に強くなっている。嵐の前の波のように。

   二

 彼は次に起こることに対して、あまりにも楽観的だった。味方の敗北のことなど一瞬も考えたことがなかった。圧倒的な兵力に絶対的な自信を持っていた。事実として、ペルシャ軍はテルモピレーの隘路でスパルタ軍を粉砕した。ギリシャ側から寝返ってくる者も多数現れた。アテネに侵攻し、神殿を破壊した。ギリシャ制圧まであと一歩のところまで来ていた。
 ギリシャを手中に収めれば、世界はほぼペルシャのものとなる。彼は世界の全民族が自分の前でひれ伏す光景を思い浮かべ、その世界に冠たる地位、その大帝国を治めることを可能にした宿命に対する感謝の念に駆られずにはいられなかった。
 先王ダレイオスの亡霊は息子の様子を見ながらこう思っていた。世界の王者たるものは、なおさら謙虚でなければならぬ。ゼウスは本当に、あまりのものぼせ上がった考えに対して、その芽を切り取って、厳しい懲罰を下すだろう。
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