小説(西洋もの)

□皇帝の最期
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   一(最後の朝)

 朝食の最中だった。皇帝が意識を失い、床に倒れそうになって、側近のネルヴァに抱きかかえられる瞬間のすべてを私は目の当たりにした。
 ガリア総督のウィンデクスが、反旗を翻したという知らせがローマに届いたのだ。
 皇帝は長い間、ほとんど死んだも同然に横たわっていた。私と同僚のルクスタ、元老院議員ネルヴァ、そして新鋭隊長は皇帝を見守っていた。
 しばらくして、意識を取り戻すやいなやや、自分の着物を裂き、頭を激しく叩き、その辺を落ち着かない様子で、うろうろ歩き回っていた。
「ああ」と言って、皇帝は天を仰いだ。
 ネルヴァは慰めて言った。「これまでの元首にも似たようなことがあったと聞いております」
「他の元首と違って、私は生きているうちに最高の統治権を失うという、まったく前代未聞の運命に遭遇しているのだ」皇帝は興奮していた。
「自業自得だ」私は思わず口を滑らせてしまった。その声は、ごく小さなものだったが、それに気付いたのか、皇帝の目と私の目とが合った。身体のすべての神経が凍りつく。
「パオンよ、余の近くに」皇帝が私を呼んだ。ああ、何たる大失態なんだろう。
 しかし、皇帝の言葉は私の心臓に再び鼓動を与えた。
「余の忠実な友、パオンよ。余の頼みを聞いてくれるか。余に力を貸してくれるか」
 いったい、どうしたというのか。皇帝の目が私を捕らえて離さない。私はこの状況に一瞬ひるんでしまった。

 私は――あくまで表向きだが――皇帝の忠実な奴隷であった。皇帝にとって、私はその機嫌をとるそれ以上の存在ではなく、それ以下でもなかった。皇帝が詩を詠うときときには、私は否応なしに賛美の言葉を述べなければならなかった。もし万が一、皇帝の詩に対して不満をにおわせるような素振りを少しでも見せれば、命の保証はなかった。それは詩に関してだけではない。気分次第で人を殺すのである。私の同僚たちが何度となく私の目の前で、赤い血に染められていった。私は皇帝に対して忠実な奴隷を装いながらも、内心はいつ自分も殺されるか、今日とも明日とも知れない自分の命を恐れ、死の恐怖におびえながら生きていた。

「はい、もちろんでございます。私はいつでも、あなた様の忠実な下僕です」私は決まり文句を述べた。

 


(執筆中)

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