「おんしゃ、ヒジカタクンがか?」
目の前の黒く、もじゃもじゃした奴は俺の顔を見るなりそんなことを言ってきて、アッハッハッと馬鹿らしい大声で笑った。
「なんで知ってんだよ。」
「そりゃあ、天下の真選組の副長を知らんわけなかろうに。」
住民から(噂によればスナックスマイルの従業員かららしいのだが)苦情を受け、無理矢理屯所に連れてこられたらしいこの男は、自分が置かれている立場を理解していないのか、常にヘラヘラとした笑みを浮かべながらも、どこかこの状況を楽しんでいるように思えた。
「なんかトゲのある言い方じゃねえか。」
「アッハッハッ!そげな意味で言ったんじゃないき。おんしゃ、憎まれることに慣れちょるからそう思ってしまうんろー?」
「っ…、」
坂本と言った男は未だヘラヘラとサングラスの奥に隠された瞳を隠しながらも、そんな言葉を俺に突き刺してきた。
「お前、何者だ。」
「んー、別に何者だって言われるほど大したことはしとらんぜよ。ああ!金時の知り合いって言えばわかるがか?」
「金時?」
坂本は俺の問いを適当に流すと、聞いたことの無い名前を口に出してきた。
「あり?銀髪で天然パーマの男じゃ。おんしゃがヒジカタクンなら知ってると思ったんじゃが。」
「もしかして銀時か?」
「……、おおー!確かそげな名前しちょった気がするきに。」
「いや、そんな名前っていうか、それが本名だから。」
「アッハッハッ!気にするなー気にするなー!」
銀髪の天然パーマという単語がひっかかり、とっさに思い浮かんだ男の名前を告げてみれば少しの沈黙のあと坂本は納得したのか大声で笑い声をあげながら、俺の背中を叩いてきた。
今気付いたが、この男、想像以上にめんどくさい。
「痛えよ、この馬鹿力。」
「アッハッハッ!悪いのー、」
「いや、絶対思ってねえだろ。悪いって。」
「アッハッハッ!」
「……。はあ、つうか銀時の知り合いでなんで通じると思ったんだよ。あいつの名前出して、納得させれるなんて普通は考えねーだろ。」
「いやだって、おんしゃ金時の恋人なんじゃろー?」
「…へ?」
ばっ、と後ろを振り向けば、ニヤニヤと心底楽しそうな顔がお決まりの大笑いで笑っていて、一気に顔へと熱が走る。
「おー、真っ赤っかじゃき。」
「うるせえ!!」
「金時に愛されるなんて幸せもんぜよ、よかったのー。」
思わずうつむいて顔を隠せば、大きな手で頭を撫でられる。
そのあと何気なく告げられた、どこか含みのある一言に違和感を覚えた。
「それ、どういう意味だ。」
「え、いや、まあ、アッハッハッ!」
思わず問い詰めてみれば、まずいことを言った、悔やむかのように途端坂本の顔は引きつりはじめる。
その表情から俺は、初めてこの男を見たときから感じていた調和の取れない思いに、確証を得たのだった。
気付けば、黙っていようと思った台詞がまるで吐き出すように己の口から出てきていて、少し自分の中で冷静さを失っていることが伺えた。
「……お前は銀時の知り合いだって言ったよな。」
「…、それがどうかしたがか?」
「お前、攘夷志士だったんだろ。それも銀時と一緒に戦った男だ。」
「…、なんじゃ、知っちょったのか。」
もはやそれは、問い掛けではなく断定だった。
銀時を取り巻く環境から、薄々感付いてきてはいたのだ。
過去への執着心、人を護れない恐怖、刀を使わない理由、たまにある消えてしまいそうなほどの脆さ、極めつけはテロリスト桂、高杉との関係だった。
銀時は攘夷志士だった。
それは、本来なら警察として奴を取り締まらなければいけない関係となり、同時に幕府の者として奴から恨まれて当然の立場となるのだった。
「桂だって高杉だって、銀時だって、攘夷戦争時に国を護ろうとして戦った男なんだろ。」
「なあ、お前たちは一体何を求めてきてたんだよ。」
「今、お前たちは何から逃れようとしてるんだよ。」
「なあ、お前たちの中にあるその闇は消えないのか。」
体を振り向かせ、サングラスの奥にある瞳を見つめ感情を読み取ろうとしたが、奴の瞳からはただ少し驚いただけというような思いしかわからず、この男なら知っているかもしれない、と自分から奴に問い掛けることのできない自分の弱さに笑えてきた。
身長差のため見上げた顔が、どこか距離を感じさせて苦しかった。
ふと、目の前が暗闇になり抱き締められたことに気付く。
「そげな泣きそうな顔で言われたら困るきに。泣くな泣くな。」
「な、泣いてなんかねえよ…!」
「…わしと銀時たちは少し違ったぜよ。」
「…、」
ぎゅうっと抱き寄せられて、大きな手のひらで再び頭を撫でられた。
予想以上に混乱していた頭は、その大きさに安心を覚えたのか、いささか頭が冷えて少し冷静になった。
「ヅラや晋介、銀時たちは幼なじみやったき。わしでもあの三人の繋がりに悔しくなったぜよ。」
「それでも、皆して国を変えちょろうと戦った。多くのものを亡くし、捨ててきても何かを変えちょろうと目の前のものを斬ってきたんじゃ。」
「じゃが、残ったんは何も無かったき。そこから奴らが何を思ったんかはわしにもわからんぜよ。」
「少なくともわしはただ争いから逃れたかっただけじゃがのー。」
アッハッハッ!と一応場を気にしてか、控えめに笑いはじめた坂本は少し自嘲気味に言葉を紡いだ。
あの苦しみをともにした坂本でさえも、奴らの、銀時の苦しみを理解することはできなかったという事実に少なからず安心してしまう自分がいた。
その愚かさに苛立つ。
「わしだって銀時達のすべてがわからんかったきに。おんしゃがそげなことまで考える必要はないぜよ。」
坂本の腕に未だ包まりながらも下を向いてうつむいていれば、慰めるかのように坂本の手が俺の頬を滑り、顔を上げさせた。
「確かに、銀時は何も語らんし何も見せないじゃろうが、そげなことにおんしゃが気を落とすことはない。」
「…、だけど、俺と銀時はあいつらみたいに…!」
「銀時は、こげな別嬪さん置いていなくなったりしないぜよ。」
半ばヒステリックになりながら縋るように首を振っていれば、頭上から落ち着いた声が響いた。
呆然とその台詞を脳内で受けとめようとすれば、唖然としている俺が面白かったのかクスクスと笑いながら坂本はおかしそうに語る。
「…っ、」
「おんしゃ、銀時がどっか行きそうで恐ろしかったんじゃろ。いつか銀時が自分のもとから消えちょりそうで。」
「……」
「そげなことなかろうに。」
「…、ないとは言い切れないだろ。」
まるでいじけたガキのようにボソリと呟けば、坂本はそんな俺を見て困ったもんだというように苦笑いを浮かべた。
「おんしゃ、本当に銀時を好いてるのー。」
「……」
「…どれだけ長く一緒にいたじゃないきに、ちゃんとおんしゃも銀時と繋がっちょる。それはヅラや晋助とはまた違うものぜよ。わしには見えとる。」
邪気のない微笑みで告げられて、ためていたものが一気にあふれだしそうになって、思わず唇をかんだ。
「おー、おー、不安じゃったんじゃなー、よしよし。」
「…ガ、ガキ扱いすんなよ。」
「ほら、そろそろお迎えが来るぜよ。」
「?…あっ、」
情けない表情を見られたくなくて、再び自ら坂本の胸に顔を埋めると、また呆れたように奴が笑っていたように感じた。
落ち着くまで何も言わずにいてくれた坂本は、しばらくすると何かを見つけたのか俺の体を離し、窓の外を指差した。
少し離れたとこで、銀髪が揺れてみえた。
「じゃ、わしはそろそろ行くぜよ。お咎めは、もちろん無しじゃろ?副長さん。」
「…、行くのか?」
すでに窓に足をかけている坂本は俺の一言を聞いて、少し目を丸くしたあとニカッと笑い、まるで風のように消え去ってしまったのだった。
すれ違うように、甘い香りが背中ごしに伝わってきた。
「土方くん。」
聞きなれた声音に振り向いて、笑みを浮かべてみた。
自然と持ち上げられた腕が、この男の背中に回るまでそう時間はかからなかった。
この隔たりに終止符を。
(何も知らない自分は、)
(その手を繋ぎ止める覚悟すら)
(持っていなかったんだ。)
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