しかし、少し経つと奴の目はもとのブラウンに戻り、先程の笑みでこちらを見てくる。


「別に名前くらいいいじゃねぇか。んなカリカリすんなよ。」


さして反省もしていない様子に、何も言わず今度は霊圧をあげていく。


「…わぁったよ。日番谷。これで満足か?」

「……あぁ。」


少し冷えた室内に、自分の言いたいことが否定だと気付いたのか、先に奴が折れる。
しかし「満足か?」などと聞かれても、自分のことを口にされることすら嫌気がさすので満足ともいえなかったが、これ以上黒崎と言葉を交わしたくなかったために肯定の言葉を口にしたのだ。


「じゃあ改めて、またな日番谷。」

「……」


黒崎は、どこか納得のいかない表情をしながらも俺の頭を撫でた手を振って何事もなかったかのようにこの場から立ち去った。
自分はその姿を最後まで目に映すことなく背を向けた。
最後にあの、光輝く橙色の髪が目の奥に残った。


「…隊長、」

「仕事するぞ。」

「はい!」


無言で振り向いた俺を不思議に思ったのか、それとも不穏な空気を漂わせていたから(一方的だったが)いつ俺が爆発するかわからない不安に駆られての問い掛けだったのかわからなかったが、自分のことを呼んだ松本に仕事だ。と一言告れば後ろから元気に返事を返す松本の嬉しそうな声が聞こえた気がした。

机に向かい、再び筆をもって書類に目を通そうとするとパサッ、と自分の白銀の髪が視界に入ってくる。

銀色の髪。
翠の色をした瞳。
たまに色付く冷たい鈍色。
こんな容姿に加え、こんな性格をしているものだから出会った人間すべてに異端の目を向けられてきた。
そのうち自分が恐ろしくなって、怯えを滲ませた瞳で同情するかのように見つめてくるのだ。
しかし黒崎は初めて自分見てもそんな素振りは一つも見せなかった。
誰もが怯える鈍色を映しても、あんな無関心な態度を示してもそんな様子を垣間見ることはできなかったである。

脳裏にあの橙色がちらつきはじめた。
何もかも溶かしそうな自分とは違う暖かい色だと思った。
そこまで考えて、くだらないと溜め息を吐いた。
松本がこちらを向いたが気にせず筆を持ちなおし、白紙の書類に文字を残しはじめるころにはあの橙は頭の中から消えていたのだった。

それからというもの、黒崎は毎日のように十番隊へと足を運ぶようになったのだ。


「こんちわーっす。」

「あら、一護いらっしゃい。また来たの?」


今日も黒崎はここに足を踏み入れてきた。
松本にまた来た、とからかわれるように言われてもヘラヘラと笑みを浮かべて俺のほうへとやってくる。
松本はというとそんな光景にクスクスと笑みを浮かべながら「お茶、入れてきますね」と一言告げて執務室の奥へと入っていく。

そんなことが日常と化してきていた。


「よぉ、日番谷。」

「……」

「おい、無視すんなって。」

「うるさい。俺は今仕事中だ。」

「いいじゃねぇか。」


机に向かってひたすら筆を滑らせている俺を無視するかのように、話を進めていく。
まったくもって迷惑な奴だと思う。
しかし、俺から話題をふるなんてことは在りえはしないしないわけで、毎日黒崎が淡々と俺に話し掛けているだけだった。
自分はそんな話に関心も無く、ただ適当に相づちをうってながしているだけだけなのである。
それなのに飽きずに黒崎は、毎日自分の隣に腰をかけるのだ。


「隊長、少し休憩をなされては?」


幾分か経ち、松本が茶を煎れ終わったのかこちらにやってくる。

すると松本は結構な時間、黒崎が来る遥か前から仕事をしていた自分のことを気にしたのか、心配そうにそう問い掛けてきた。


「いや、平気だ。」


今、ここで仕事をやめたらこいつの無駄話に付き合わされてしまうのは確かだった。
ちらっと横を見ると松本からもらったのか、茶をすすっている黒崎と目が合ってしまい、何も後ろめたいことはなかったのだがその瞳から何もかもを見透かされているような気がしてしまい、すかさず目をそらしてしまったのだ。


「ですが隊長…」

「大丈夫だと「何が大丈夫だ!この馬鹿。お前は頑張りすぎなんだよ!ちったぁ休め!」


いつもの如く心配性な松本に言われて、大丈夫だと振り切ろうとしたが途中で口を挟まれ失敗に終わる。
そんなことに驚いているのも束の間、急に黒崎が動いたかと思うと、右手に持っていた筆を取り上げられ硯に置かれた。


「なにす「あぁ、もうごちゃごちゃうるせぇ。いいから素直に言うこと聞け!」


耳元で怒鳴られ、とっさに奴を凍らしてやろうかと神経を集中させようとしたが、なぜか自分の体は宙に浮いていて霊圧をあげる前に、今の状況を理解するのに時間を要した。


「おい!降ろせ!!」

「い、一護!!」


どうやら自分は黒崎に抱えられていたらしい。
松本が真っ青な顔をしてこちらを見ているのがわかった。
黒崎はというと、そんな俺らの言葉が聞こえていないのか、もしくは聞こえてないふりをしているのか。おそらく後者であるのだろうが、俺を片手で軽がると持つとつかつかと無言で松本がいるソファのもとへと歩いていったのだ。


「おい!」

「ほら、さっさと休んでろ。そんな顔しながら仕事だ仕事だ言ってっとそのうちぶっ倒れっぞ?」


ボスッと乱暴に俺をソファに投げ付けると呆れた口調で黒崎は自分に告げてきた。


「何言って、」

「それじゃ、乱菊さん。あとはこいつのことよろしくお願いします。じゃあな日番谷!ちゃんと休憩しろよ。」


あまりにも予想外な出来事に俺たちが唖然としているのをよそに、黒崎はというとまるで嵐のように気付けば執務室から出ていってしまっていた。


「…隊長、」

「なんだ…」

「大丈夫ですか?」

「あぁ、なんとか。」


黒崎が消えたあと、しばらく放心状態で動けなかったのだか、松本に呼ばれ意識を現実に戻した。
少し目がチカチカしているような感覚だった。


「隊長、お茶飲みますか?」

「あ、あぁ。」


どこか冷静だと思える松本は、一つ深呼吸をすると自分にお茶を差し出してくる。
こんな状況でまずお茶にいくあたり、松本も冷静さを失っているのだろうとも思えるのだが。


「…隊長?お怒りじゃないんですか?」


しばらく経ちどちらも落ち着きを取りはじめたころ、意を決したかのようにゆっくりと松本が口を開きはじめた。


「なんでだ。」

「いや、あんなことされたら…、失礼ですが、前の隊長ならすぐに瞳の色が変わって、相手は何も言えなくなるほどに恐ろしくなられますので。」


目の前の松本は慎重に言葉を選んでいるようで、恐怖を感じているというよりは焦りを感じているようだった。
松本から言われた言葉を考えてみると、確かに以前までは触れられることでさえ吐き気がし、言葉を交わすだけでも虫酸が走ったはずなのだ。


「一護のおかげですかね?」

「なんで黒崎なんだ?」

「一護がこっちに来てからなんですよ?隊長が変わったのって。」

「そうなのか?」


一口茶をすすり、小さな笑みを浮かべた松本に不思議そうに問い掛ければ、まるで優しく諭すように言葉を返された。


「えぇ、変化に気付かれた方は少ないとは思いますが、私はずっと隊長のそばにいるので。」


考えてみれば最近は、あの鈍色を出していない気がすると思った。
黒崎のペースに流されていたためか、いちいち怒りを表にするのも面倒に思えて、あの日以来の感情は自分はむき出しにはしていないのだ。
だからといって自分は変わったなどとは思っておらず、未だ人と話す、言葉を交わすのは嫌いである。
人に触れられるのだって吐き気が襲ってこないわけではないのだ。

しかし、前よりはそのようなことは思わなくなったのは確かだった。
だが、そんなことをするのは黒崎だけだったという話なのだが。


「…黒崎だけ、」

「え、」

「いや、なんでもない。」


少し頭が痛くなってきた。

言葉を交わすのが嫌いであり、瞳など交じらせるものかと思う。
自分を語られるのは非道く憎く、触れらるというのならば即座に存在を消し去ってやりたいと思うのだ。

しかし黒崎とは、言葉を交わしブラウンの瞳を見つけてしまった。
自分を見透かされている気さえしてきて、抱き抱えられたはずなのに動くことすらできなかったのである。

脳裏でまたあの橙が輝る。
自分は人に心を開きはじめていたのだろうか。
それに気付かずに自分は平然と毎日を過ごしていたのだ。
このままだとあいつだけでなくさらに多くの人にさえ心を開いてしまうのか。

何も知らずに!
何も恐れずに!


『   』
「溶ける」


頭の中で響く声と未だ話していた松本の言葉が重なり合った。
途端に自分が恐ろしく感じてくる。
それと同時にあの黒崎一護の存在が恐ろしいと思った。
このままでは溶かされてしまうのだ。

あの橙で自分の銀は溶かされ、引き込まれれてしまう。
そんなことがあってはならないと自分の扉は開けてはならないと、頭の中でそんな言葉が反響しはじめてきた。





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