Novel

□sunrise
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静かに、強く、芽生えた想い。
太陽が、ゆっくりと、世界から闇を剥し始める──。



【SUNRISE】



未だ世界が暗闇に包まれているとはいえ、丑三つ時をとうに過ぎた、夜明けに程近い時刻。
空座町のとある廃ビルの屋上に、夜の静寂を切り裂いて二人の男女の怒号が木霊していた。

「おい!訊いておるのか貴様!!」
「あ〜!うっせえ!テメーの説教なんか訊き飽きたんだよ!!」

手摺りに背をもたれ胡座をかき、不機嫌そうに座り込んでいる死神代行の少年・黒崎一護と、その少年の左頬に出来た大きな切り傷に両手をかざし、これまた不機嫌そうに治療している死神の少女・朽木ルキア。
一護がルキアと出会い、死神代行業を請負うようになってから二週間が経とうとしている五月下旬のとある晩。
いつものように虚退治を終えた二人は、その日の戦闘の舞台となった廃ビルの屋上で、最近は恒例となっている“治療しながら反省会”を繰り広げていた。

「何だと!?ならば同じ事を何度も言わせるな!昨日も一昨日も、全く同じ事を注意したばかりではないか!!」
「うるせえな!つか、別に油断なんかしてねえよ!これが俺の実力なんだろ!!」
「一護!!」

二人の周りのコンクリートには至る所に生々しい斬撃の跡が刻まれており、そこから未だ立ち上ぼる粉塵が、つい先程まで繰り広げられていた虚との激しい戦闘の余韻を残していた。
そんな中、今度は一護とルキアの戦闘が勃発したのだった。
この日も、前日、前々日と同じく『最近、虚退治に慣れてきた一護が戦闘中に油断をしているのではないか』が議題に上がっていた。

「大体なあ、油断しようがケガしようが、勝ったんだから良いだろが!!」
「良い訳あるか!……というか貴様、やはり油断しておったのではないか!!」
「うっ、うるせえ!!」

ルキアは一護に対して、肉体の傷を癒しながら厳しいことを言って精神的苦痛を与えるという器用なことをやってのける。
そんなルキアに対して一護は、いつもの三割増しの眉間のシワと減らず口で対抗する。
二人にとって口喧嘩など日常茶飯時のことではあるが、連日同じ内容の衝突が続きお互いウンザリしていることと、真夜中に叩き起こされた苛立たしさのせいで、この夜はいつも以上にヒートアップしていた。

「戦闘に慣れて、自分の力を過信し始めた時が一番危険だ!その油断が命取りになるぞ!!」
「うるせえっつってんだよ!!人を勝手に巻き込んどきながら、偉そうことばっか言ってんじゃねえぞ!!」
「訊け!一護!!私は貴様の為に…」
「俺の為!?違ぇだろ!自分の為なんだろ!テメーは自分のミスの尻拭いを俺にさせてるだけなんだよ!!」
「……何だと!?」
「あの夜、テメーがミスったせいで俺が戦わされるハメになってんのに、偉そうなことばっか言ってんじゃねえっつってんだ!!!」
「──!!」

一瞬──。
ほんの一瞬だけルキアの顔が酷く曇った気がして焦った一護は、続けて吐き出すはずだった暴言を慌てて飲み込んだ。急速に、強烈な罪悪感に苛まれていく。
これをキッカケに先程までの喧騒が嘘のように止み、長く気まずい沈黙の後で、先に口を開いたのはルキアの方だった。


「……終わったぞ。少し、そこで休んでおれ」

喜怒哀楽の感情が乗っていない淡々とした声で言い終えると、彼女はゆっくり立ち上がり、一護から数歩離れた場所に移動した。
そして、両腕を手摺りの上に乗せ、夜の色に塗りたくられている空をぼんやりと眺め始めた。

「ん…」と、至近距離にいるルキアにさえ聞こえるか聞こえないかの音量で返事をした一護は、謝るタイミングを完全に逃していた。
ちらりとルキアを盗み見るも、いつもの凛とした横顔からその心情を上手く読み取ることは出来ない。
しかし、一護はルキアを傷付けてしまったことだけはハッキリと自覚していた。
さっきの救いようのない自分の失言と、傷付いたルキアの顔が頭の中で再生される度に、自責の念が募っていく。

──取り返しがつかない。酷いことを言ってしまった……。
頼むから反論してこいよ…。それこそ、いつもみたいに俺をぶん殴って怒鳴りつければいいのに、とさえ思う。
でも、俺との口喧嘩ごときで怯むことのない彼女が、いつものように反論せず黙ってしまったのはきっと…、痛いところを突かれて傷付いたからだ…。

ルキアは、凛とした表情を変えることなく、ずっと黙って佇んでいる。
どこからどう見ても人間にしか見えないこの少女が、実はあの世から来た死神で、日夜、人間を護る為に巨大な化け物たちと戦っているなんて、一体誰が信じるだろうか?
人間を装った仮初めの小さな身体は、今にもこの暗闇に飲まれて跡形もなく溶けて消えてしまいそうな程、とても脆く不安定に見える。
ルキアをそんな状態にさせてしまったのは、他の誰でもなく、俺──。

あの夜、ルキアは出会ったばかりの俺と俺の家族を護る為に命懸けで戦ってくれた。でも、ルキア一人で勝てただろう所に俺がバカみてえに出しゃばったせいで、アイツは俺を庇って大ケガを負ってしまった。
決して忘れることはない、護ってくれた小さな背中。
本当は、ルキアのミスだとか戦わされてるだとか、そんなこと微塵も思ってない。
むしろ、ルキアのおかげで今こうして戦えてることに……言葉では言い表せないほど感謝してるんだ。皆を護る為の力が、幼い頃からずっと欲しくて仕方なかったから……。
これまで何度も何度も何度も空を掴むしかなかった手を伸ばした先に、今は、護る為の刃が在る。
そのおかげで、俺は今こうしてここに居る。

あの運命の出逢いは、果ての無い暗闇を抜け出す術も持たず、誰も救えず必死にもがいていた無力な俺に、一筋の光が射した瞬間でもあった。
出会ったばかりの俺を信じて、護る為に、迷わず自分の大切な死神の力を分け与えてくれた。俺の世界を変えてくれた。死神の力と共に運命も分けあった、唯一無二の大切な存在──。
確かに偉そうで、口うるさく生意気だけど、不器用な優しさだって充分知ってる。
まだ二週間しか共に過ごしてないにも関わらず、実は、不思議と特別な絆を思わせるような絶対の信頼感もあることに、心地好さも感じてるんだ。

考えれば考えるほど、自分は本当にどうしようもない糞ガキで大馬鹿野郎だと痛感する。
俺のせいで運命をねじ曲げられ、死神の力を無くしてしまい、あれからずっと不自由な生活を送らざるを得なくなったルキアが、自分のことよりも本気で俺の心配ばっかしてることだって知ってるはずなのに……。
頭に血が上っていた、なんて言い訳は許されない。例え冗談でも、例え売り言葉に買い言葉でも、あんなこと絶対に口にしてはいけなかった。
不器用にも程があるだろ。どうして、素直に本心を伝えられないどころか、心にもないことを言って傷付けてしまう──。

「くしゅんっ」
「!」

ルキアから予想外の声が聞こえて、ずっと険しい顔で考え込んでいた一護は、ハッと我に返った。
視線の先に居るくしゃみの主は、少し身を縮めて両腕を擦り合わせているところだった。
五月も終わりに近付き、日中はすっかり初夏の陽気になったとはいえ、今日のように朝晩はまだ肌寒い時がある。
一護は、冷えきった様子でいる薄手のパジャマ姿のルキアを見て、何故か瞬時に頭の中で彼女を抱きしめて温めている自分の姿を妄想してしまい、慌てて首を振った。

(〜〜っ!こんな時に何考えてんだ俺は……)

居た堪れない想いが募りすぎてルキアから目を逸らしたが、すぐに一護は先程から感じていた違和感が気になって、今度は盗み見ではなくしっかりと彼女の足に視線を戻した。

「おい!お前、足ケガしてんじゃねえか!」
(見間違いじゃなかった……)

一護は、ルキアの左足のふくらはぎ辺りから出ている血にハッキリと気付いた。
傷口部分の服は裂け、そこから覗く細い足には、既に血は固まっているものの決して小さくはない切り傷がある。
それは、先の虚退治の最中に負った傷であることは明らかだった。

「え?ああ…。何、大した事は無い。只の掠り傷だ」
「…………」

──俺の油断が招いた結果が、これだ……。
自分だけじゃなくルキアにまでケガさせて…、しかもそれにすぐ気付けなかったなんて……。
ルキアが自分のケガの治療をしないのは、治療する程のケガじゃないと思ってるからか?もしくは……、俺への治療で霊力を使い果たしてしまったからなのか……?
さっきの失言の手前、確かめるのが怖いと思ってる自分が本当に不甲斐なさすぎて、本当に嫌気がさす。
一番側にいる大切な女一人護れず、心も体も傷付けて、何が“皆を護る為の力”だよ──!


自己嫌悪の嵐が吹き荒れる。
一護の胸のざわめきは限り無く大きさを増していくばかりだったが、一度深呼吸し、固く閉じてから開いた目に1つの強い想いを込めて立ち上がった。

「……帰んぞ。家なら傷薬なんて腐るほどあるから、手当てしてやる。……それと……………さっきは…悪ぃ……」
「──!………ああ」


さあっと一陣の風が吹き、澄んだ空気がひんやりとした余韻を残しながら、二人の頬をかすめていく。
それが合図だったかのように、眠りから覚めた鳥たちが、揃って再び謳い出す。

地平線の彼方に、夜明けを招く光がポツリと灯った。

(……………………………タイ)

やがて、その光は徐々に膨らんでいき、溢れ出す。

(……………………マモリタイ)

そして、ゆっくりだが確実に、世界から闇を剥し始める。

(……ルキア ヲ マモリタイ!)


──ルキアを護りたい!!


一護は、ルキアをその背に抱えて虹色の空を蹴った。
冷えきった少女の身体をほんの少しでも温める為に──護る為に──、そっと、抱える二つの腕に力を込めながら。


静かに、強く、芽生えた想い。
太陽が、ゆっくりと、世界から闇を剥し始める。
夜明けは近い──。








-end-


2011/12/02
(2017/02 加筆修正)

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