拍手小説まとめ

□夢番外編〜拍手小説・片倉小十郎2〜
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「失礼する」
「っ!?」

寝入り端。
油断しきっている所に、突然、低音が降ってきた。
驚いて飛び起き、声のした方へと視線を向ける。
障子を見ると、調度人影が室内に侵入してくるのが見えた。

「こ…小十郎さんっ!?」

その顔を確認して驚いた。
人影の正体は小十郎。
息を飲んでいると、彼がそそとこちらに歩を進めてきた。
慌てて、布団の上に正座する。

(な…何で?)

布団の横、自分の正面。
畳に座した小十郎に困惑の視線を向ける。
彼は明日、この甲斐の地から奥州へと発つのだ。
朝早くに出ると言っていたから、てっきりもう休んでいるかと思ったのだが。
それ以前に、彼がこんな時間に訪れる事自体が珍しかった。

「夜分にすまない」
「あ、いえ…」

およそ彼らしからぬ行動。
いぶかしんでいると、それを察したように彼が謝罪した。
ほんの少し陰りを見せた彼の声。
だがその瞳は常のそれより強い光を宿しているように思えた。

「何か…」

あったんですか?

そう問掛けようとした瞬間。

「あ…」

手が、暖かくなった。

小十郎の手が、自分の手に重なったのだ。

「こじゅ…ろ…さん…?」

大きく固い、彼の手。
刀と土を握る、厳しくも優しい手。
そんな彼の手が、傷だらけの自分の手を守るように、優しく優しく握りこんできた。

「あの…」

至近距離の彼の顔。
暖かい、彼の体温。
繋がる手から伝わる鼓動に、図らずも、心臓が高鳴る。

やめてほしい。
こんな、悪戯に心を惑わせるような事は…。
赤らむ頬を隠すように、ほんの少し俯いた。

「お前に」
「え…?」

彼がぽつりと言葉を紡いだ。
が、小さくて聞き取れない。

と。

「痛…っ」

彼の手に、力が込められた。
グッと締め付けられた手。
突然の痛みに、驚いて彼を見上げた。

その瞬間。

「お前に聞きたい事がある」

視線が、絡め取られた。

彼の瞳がこちらを射抜いてくる。
息を吸う事さえも躊躇わせる、鋭い眼光。
言葉など、出る筈もなかった。

返事の代わりにゆっくりと頷くと、彼の唇が言葉を紡いだ。

「お前は…」

一瞬、彼が目を伏せた。

「お前は本当に帰りたいのか?」
「……っ…!」

迷いを振り切るように、彼が視線を合わせた。

「甲斐に残り、本当に自分の国へ帰りたいのか?」
「小十郎さん…」

その言葉に、目を見開いた。

強い、強い、彼の声。
体の奥へと入り込むような真っ直ぐな言葉に、胸が締まる。

「ど…っぅ…し…」

声がみっともないほど震えている。

『どうして?何故そんな事を?』

そう伝えたいのに言葉に出来ない。
そんな事を聞かれたら、期待してしまうではないか。
『行くな』『帰るな』
そう言ってくれるのではないか、そう思ってくれているのではないか…と。

(本当は…)

本当は、帰りたくない。
出来る事ならば彼の…小十郎の隣に居たい。
望んでも良いのなら、奥州で暮らし、彼の側で少しでも多く彼の役に立ちたい。

だが、それは決して望んではいけない事。

自分という存在はこの世界にとって異質でしかない。
在るべき所へ帰るのが一番良い。
『帰る』事に視点を置くのなら、幸村の協力を得て帰路を探す方が実質一番可能性が高い。
だから甲斐に残り、『帰りたい』と主張するのが皆にとっても自分にとっても一番良い選択なのだ。

この問題に私情を挟んではいけない。

(そう…だよ…)

もう決意をしたのだ。
皆にもそう宣言した。
自分は『帰りたい』のだと。
だから、今更『ここに居たい』などと言ってはいけないのだ。

それが例え想い人に乞われたとしても…。

「本当に帰りたいのか?」

まるで思考を読み取ったかのような彼の質問。
驚いて目を見開くと、彼がこちらを見下ろしていた。

「帰る事でお前が幸せになれるのなら、『甲斐に残れ、とっとと帰れ』と言ってやる」

「そ…」

そんな…。

『帰れ』という言葉に胸が痛んだ。
彼は自分を嫌ってそう言ったのではない。
分かってはいるが、予期せぬ言葉の重さに、思わずじんわりと涙が浮かびそうになった。

「だがな」

彼の瞳が虚ろな自分の心を射抜く。

「お前がそれを心から望まないなら…話は別だ」

握られた手に、更に力が込められた。
続け様に、彼が言葉を放つ。

「本当は帰りたくねぇんだろ?」
「…っ!」

その言葉に、声を失った。

帰りたくない。
本当は、彼と共に居たい。

だがそれは決して口にしてはいけない言葉。
どんなに焦がれていても、どんなに想っていても、決して『言葉』にしてはいけないのだ。
口許まで出かかった言葉を飲み込み、唇を噛み締める。

「……。」

『帰りたいです』

とは、言えなかった。

俯き、黙って、首を左右に振るしか出来なかった。

声を出したらバレてしまう。
どんなに否定の言葉を紡いでも、震えた声が『ここに居たい』と主張してしまう。
何より、この状態では言葉にした瞬間泣いてしまいそうだったから。


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