拍手小説まとめ

□夢番外編〜拍手小説・慶次夢3〜
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「け、慶次さん!」

大声で、彼の名を呼ぶ。
何という状況だ。
ひっきりなしに上下動する体だが、酔っている暇もない。

「おっと!喋ると舌噛むぜ!」

いつか言われたそのセリフ。
彼に出会った当初、利家たちから逃げている時に聞いた言葉だ。
懐かしさにドキリとするものの、今はときめいている場合ではない。
どうしたらこの状況をスムーズに解決出来るか考えなくては。

「け慶じさささ!」
「だから、舌噛んじゃうぞ?」
「そそそ…!」

そんな事は分かっている。
だが今は無理にでも彼とコンタクトを取らねばならぬのだ。

(何で…慶次さん…!?)

今朝の事を思い出し、彼の顔を見上げる。
今朝…と言っても夜から朝になる一歩手前の時間帯だ。
突然、慶次が部屋へやってきて、寝ていた自分を担いで甲斐の館を出てきてしまったのだ。

「わた私は幸村くんののとこでおおお世話に…!」
「関係無いねっ!」

関係無いわけが無い。
自分は昨日の昼過ぎに全員の前で『幸村と一緒に居たい』と宣言した。
そこには勿論慶次も居た。
聞いて無かったとは言わせない。

「戻し戻してくください!」
「嫌だね!」

何故。
悪戯にしてはタチが悪すぎる。

(これっきり…会えなくなれば忘れられると思ったのに…っ!)

自分がどんな想いであの決断を下したのか、彼は全く分かっていないのだ。
異世界で出会った優しく強く繊細な人。
いつ、どんな拍子で帰ってしまうか分からない自分。
そんな状況で自分は彼に恋をしてしまった。
帰ってしまえば夢のように消えてしまう儚い恋。
そんな泡のような恋ならば、告白する事もなく胸に秘めて別れよう。
彼と別れ、顔を見る事もせず『帰る』事に集中しよう。
そう決意して幸村との暮らしを選んだのに。

(酷い…)

冗談のように「好きだ」と言われた時も、首を噛まれた時も思ったが、酷すぎる。
これでは否応無く期待してしまう。

彼も自分と共に居る事を望んでくれているのではないか…と。

至近距離の彼の顔。
力強い彼の腕。
優しい彼の温もり。
昔はその全てが愛しかった。
今は…その全てが胸に痛い。

拳を握る事で何とか胸の痛みを誤魔化すと、慶次に向けてもう一度言葉を紡いだ。

「お願いします慶次さんっ!幸村くんの所へ」
「断る!」

叫びに近い彼の声。
驚いて目を見開くと、切ない瞳がこちらを射抜いた。
彼の足が速度を落とし、やがて、止まった。

「俺は」

慶次の瞳が揺れる。
目を、反らせない。

「あんたが好きなんだよっ!」
「え…」

発された言葉に目を見開いた。
また冗談を言っているのだろうか。
だが、苦しそうな彼の顔に嘘の影は見当たらなかった。

「あんたはいつ帰っちまうか分からない!今だってこうしてる間に消えちまうかもしれない!そうなったら俺は泣く!会いたくて苦しくて泣いちまう!」
「け…」
「でも!」

一呼吸。
慶次が息を吸い込んだ。

「いつか来る絶望が分かっていたとしても…それでも俺はあんたと一緒に居たいんだ!笑いたいんだ!放したくないんだ!」

そう言うと、彼はそのまま口付けてきた。
柔らかく暖かい彼のそれ。
押し当てられた淡い感覚に、思わず体が震えた。

「一緒に…居てくれよ…」

慶次が顔を上げた。

「『帰りたい』なんて…言わないでくれよ…」
「慶次…さん…」
「『ここ』に…居てくれよ…っ!」

彼が、腕に力を込めた。
苦しい。
だが、苦しくて死んでしまいそうなのは体では無かった。

「…っ……っ」

胸が痛い。苦しい。
涙が止まらない。
愛しい。
離れたくない。
ずっと『ここ』に…彼の腕の中に居たい。

「ひ…っ…ひぅ…」

彼も同じ気持ちだった。
自分と同じで『離れる』事を拒んでいた。
自分は逃げたのだ。
いつか来るかもしれない絶対的な『別離』から。
だから『帰る』事を望むフリをして、心の痛手を浅くしようとしていた。

だが、彼は立ち向かった。

もしかしたら、もう今すぐにでも消えてしまうかもしれない、
帰ってしまうかもしれない自分に…それでも尚、共に居る事を望んでくれた。

「わ…たしも…」

『ここ』に居ろと。
最後の瞬間まで共に居たいと願ってくれた。

「慶次さ…と…一緒にっ」

一緒に居たい。
ずっとずっとこの人の腕の中に居たい。
二人で笑って居たい。

「一緒に居たい…っ」

願い、叫んだ言葉は震えていた。
だが…『帰りたい』と、淀みなく発したあの言葉以上に想いは篭っていて、自分の胸に深く深く落ちていった。

『彼と共に居たい』

これが本当に自分が望んでいた事。
言葉にしてしまえば、それはとても簡単な事だった。

「本当に…?」

戸惑いを含んだ彼の瞳。
心から自分が拒否していると思っていたのだろう。

「一緒に……このまま連れてっちまっても…いいのかい?」

その躊躇いを含んだ綺麗な瞳に、涙を拭いながら微笑みを向けた。

「…はい」

素直に頷き、惹かれるように彼の首へ腕を回す。

甘く柔らかい、彼という男。
魅せられたら最後、その温もりに囚われる。

強引な人。
でも、そんな彼だから…自分は今素直に願いを口に出来たのだ。

「放せっつっても放さないからな」
「…はい」

ここまで連れて来られてしまったのだ。
心も体も今更戻れない。

ずっと貴方と…。

そう言うと、彼の顔に喜色が浮かんだ。

(慶次さん…)

貴方が好きです。

貴方とならば何処までもついて行きます。

だからどうか最後まで放さないで、離れないで。

そう願いを込めながら、もう一度彼に微笑んだ。

☆☆☆
強引な彼と消極的な彼女
09/06/01


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