拍手小説まとめ

□夢番外編〜拍手小説・小太郎夢〜
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目の前の彼に触れてみる。
返ってきた確かな感触に、ホッと胸を撫で下ろす。
顔を上げ、彼の目がある辺りに視線を定める。

大丈夫。

『居る』

彼の存在を確認し、私は漸く彼に声をかけることができた。

「ただいま、コタ」
「……。」

そう言うと、彼は小さく頷いた。
『おかえり』と言う事だろう。
そんな可愛らしい彼の仕草に、我知らず笑みが溢れる。

「今日はちゃんと待っていられたね」

そう言って、『ご褒美』というように頬を優しく撫でる。
手の感触が気持ち良いのだろう。
こうすると、ほんの少しだが、彼の口許が弧を描くのだ。
嫌そうな気配は微塵も感じられないので、多分、こうして撫でられるのは『好き』なのだと思う。

「最近はちゃんと言うこと聞けてるね」

そう、私は最近この忍に『待て』を躾ていた。
と、いうのも、彼はどこへ行くにも私の後をついて来たがるからだ。
いや、最初の数分はきちんと『待て』が出来るのだ。
しかし彼の中で『帰りが遅い』と判断されると、『待て』という命令は自動的に解除され、迎えに来てしまうのだ。
それが例え大事な場面だとしてもだ。
彼の気配は全くと言って良いほど感じられないし、迎えに来ると言っても背後で待つ程度の些細な事なので別段気にしてはいなかったのだが、決定打となる出来事があった為、躾を強化するに至ったのだ。

(本当…あれには参った…)

先日、信玄公と茶会をしていた時のこと。
例によって小太郎が迎えに来たのだ。
しかし、現れ方が問題だった。
常ならば天井裏か背後等の目立たない場所に出てくるのに、その時ばかりは真正面に出てきたのである。
しかも、服の裾まで掴んで『早く帰ろう』アピールまでしてきたのだから堪らない。
信玄には笑われる上に「長いこと引き留めて悪かった」と要らぬ気を使わせてしまうし、こちらは恥ずかしいわ申し訳ないわで散々だった。
確かにその日は忙しく、やることもたくさんあった為、彼に構ってあげる時間がなかったのだが…。

兎に角も、またあの日のような事があっては困る。
その日を境に小太郎の『待て』強化が開始されたのである。
小太郎は優秀で、殆んどの命令は違える事なく実行してくれる。
そんな彼だから、大抵はきちんと『待て』が出来るのだが…。
ごく稀に『分身』をこの部屋に残し、後をつけるという無駄に手の込んだ技を披露するのだ。
『分身』は触れた瞬間に霧散してしまう。
きちんと部屋で待っていた小太郎を見て、頬を撫でてやろうとした瞬間に空気に溶けてしまったものだから、初めてこの『分身』と接触した時などは、驚きすぎて叫んでしまった程だ。
それ以降、部屋で待機している小太郎に触れる際には、それなりの覚悟を決めてから触れるようになったのである。
それが冒頭のアレだ。

「本当…コタは困った子だね…」
「……。」

頬を撫でつつそう言うと、ほんの少し、小太郎の体がピクリと震えた気がした。
自分の言葉に『怒られた』と勘違いしたのだろう。
先程まで嬉しそうに笑っていた口許が、緊張で一文字に引き結ばれている。

(ああ…もう…)

本当に困った忍だ。

なんでこの男は

こんなにも可愛く

愛しいのだろう。


「コタ」
「……。」

小太郎が、短く息を吸い込んだ。

驚いたのだろう。

突然抱き締めてきた自分に。

彼を抱く手に更に力を込めると、そっ…と、小太郎の胸に耳を寄せた。
トクトクと、彼の鼓動が聞こえてくる。
常より少し早いのは驚かせてしまったからだろうか。

「君は本当に困った子だね…」

無口で
無愛想で
無表情で
優秀で
それ故に孤独で

どうしようもなく寂しがり屋で

でも自分では寂しさに気付けない寂しい子。


だけど――


「そんなコタが愛しくて堪らない」


君が迎えに来てくれる時、

本当に本当に困る時もあるのだけれど、

同時に、とてもとても喜んでいる自分が居るのに気付いているのかな?

そう問おうとした瞬間。

「……。」
「……っ」

包み込むような抱擁に、思わず目を見開いた。
小太郎の腕が、背中に回されたのだ。

「…うん…そうだね…」

合っている。
彼はやはり優秀だ。
抱擁に対して抱擁で返す。
それでいい。
それが『正解』だ。

小太郎の行動に優しく微笑むと、私は静かに彼の温もりに身を沈めた。


「ずっと一緒だよ…」


精一杯、想いを込めて彼を抱き締めた。

きっと、きっといつの日か、彼は自分の愛情を信じて『待て』が出来るようになる。

迎えに来て確認せずとも、溺れる程の愛に包まれてると、気付いてくれる日がやって来る。

そう信じて、私は彼の体を更に強く抱き締めた。

調子の良い事に、愛情たっぷりに抱き締められた彼の体は、先程よりも自信ありげに大きく見えた気がした。


☆☆☆☆
待てるのは信頼の証明。

09/05/03


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