novel : two

□手の温もり*ZXR
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 久しぶりの島に降り立ち、俺は当てもなく、街を歩いた。
 一歩一歩、陸を踏みしめる。
 海上生活が主な海賊生業。陸を歩ける時は歩く。
 たまに陸酔いをする輩もいるが、それもまた乙だろ。
 陸に酔えるなんざ、ある意味幸せなこった。

 さて、飲み屋はどこだ?
 酒屋でもいい。陸での一杯、景気づけにパアッと飲ませて頂くとするか。
 気が付くと、前方に見慣れた後ろ姿が目に入る。
 すらりとした長身、艶のある黒髪、華奢な身体。
 …ロビンだ。
 距離にしたら数十メートル。
 いつものリュックを背負い、風を切って颯爽と歩く姿は、正に華。
 恋い焦がれ、身を焼きそうな程、俺はロビンを好いている。
 出会いは敵。仲間に危害を加える、大きな敵、だった。
 音もなくGM号に現れ、俺の心に衝撃を植え付けて去っていった、美しい敵、だった。
 アラバスタの死闘が甦る。
 乾いた大地での戦いの最中でも、俺はロビンの姿を捜していた。
 一目だけでも見たい。それだけだった。
 その願いが、まさか仲間という形で実現するとは思わなかった。

 初めて接する“女”。
 仲間になった“女”。

 元敵だ。クルーの前じゃ俺は砦を壊せずにいたが、本当は、その白い肌に、紅い唇に、漆黒の髪に、黒真珠のような瞳を隠す瞼に、青白いうなじに、触れたくて、口づけたくて仕方がなかった。
 そんな事を、ロビンに言える筈もなく、ロビンを心から追い出そうと躍起になったが、ロビンの存在は拭いされない程、デカイものになっていた。

 思考を振り切り、ロビンを確認すると、ロビンは酒屋の店主と何やら雑談している。道を聞いてるのか?
 一頻り話した後、街には戻らず、その先の森へと向かうようだ。
 待ちに待った酒屋だが、酒よりも今はロビンの方が断然気になる。
 後を追ってみようか。

 森の中は鬱蒼としていた。どんより薄暗く、道というよりは獣道だ。所々苔が生えており、陽が射さない事を意味している。
 ロビンは迷わず森の核心へと進んで行く。
 そうだ。この女は、いつも迷いがない。
 俺が悶々としているのに、ロビンはその先へ、と歩を進める。

 バアッと視界が広がり、光が眩く射し込む。
 目の前に広がるは、大きな大きな湖。
 その湖畔に佇むロビンは、誰が見ても称賛するだろう。俺もまた然り。
 否応なしに美しい。眼を…逸らせない。

 ああ、ロビンをこの腕に抱けるなら…。
 ああ、ロビンが…欲しい…!!

「あら、剣士さん?」
「…」
「どうしたの?」
「いや…船に帰るのかと思って…」
「フフ。迷ったのね?」
「迷った言うな」

 眼を逸らせない。このままその黒真珠のような瞳に囚われても構わない。
 寧ろ、その鎖に雁字搦めに囚われ、お前のものになりたい。
 そう言えたなら、どんなに楽か。

「この辺にね、歴史に関わる石があるって島民に聞いたの。まさかポーネグリフではないにしろ、確認だけでもしておきたくて」
「そうか」
「剣士さん、時間はある?」
「? 何でだ?」
「その石をね、探したいの。だから、港までご一緒したいのだけど、まだ…帰りたくないの」

 ドキッとした、この俺の心臓の爆音、聞こえてねェよな?
 あー、焦った。俺に向けた言葉じゃねェが、“帰りたくない”は反則だろ。
 俺に向けた言葉だったら…なんて、女々しいったらねェな。苦笑が溢れる。
 こんな事で、気を左右するなんざ、まだまだ修行が足りねェ。

「ああ、構わねェ。だが、その石探しが終わったら、飲み屋に寄って行かねェか?」
「…それはお誘い…と受け取っても?」
「…構わねェ」
「フフ。分かったわ。それじゃ、早速石を探すわ。行きましょう」

 足が地につかないとはこの事を言うのだろうか。
 正にその言葉通り、俺はご機嫌で足が浮いているように軽い。
 勢いに乗って出てきた言葉にしろ、自然に“構わない”と口から出た事が驚きだ。
 必然的に、二人で杯を交わすという、願ってもいない事がどさくさに塗れて叶うのだ。
 夢気分、夢心地。今の俺には一番似合う言葉だろう。

 目の前のロビンを見遣る。
 距離にしたら数メートル。あと少し近づけば手に触れられる。
 そんな事を考えながら、前を行くロビンの後についていった。









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