novel : two

□忘却の華
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 この頃何故だかロビンがよそよそしい。
 おれの視線を避けているようだ。だが、おれが鍛練などしているときには、あからさまに視線を寄越す。何がなんだか皆目分からねェ。
 視線を感じ、合わせようとするも、そうすればそそくさとおれの範囲から逸れていく。何だと追いかければ女部屋へと避難する。おれが女部屋へ入れないことを武器に、ロビンはおれを排除している。
 その行動に影が差し込み、やがて膨れ上がる雑念を産み落とす。畜生、訳が分からねェ。



 久方ぶりの島へ着岸し、錨を下ろした。秋島の季節は秋。燃え上がる紅葉に目を奪われた。赤や黄、茶のコントラストが見事なこの島は、静穏な風趣を感じさせる。意味もなく懐かしさを覚えた。多分、郷里の風致に類するからだろう。
 だが、それだけじゃないことは、このおれ自身がよく分かっている。おれを穏やかにさせる存在があってこそなのだ。
 その存在の女は、今は何かを孕んでいる。おれを蚊帳の外にし、何やら思案に暮れている。
 もう離れないと誓ったのではなかったか。おれの傍を離れないと、そうおれに誓ったのではなかったか。思惟を巡らせ、当の人物、ロビンを捜した。
 見つけたロビンは、ダイニングの外壁に凭れ、コックと何やら話し込んでいる。コックは右手を壁に付け、左手で煙草を燻していた。ロビンを匿うような、その姿に内心どきりとする。くっつくな、離れろ。悲痛に叫ぶのは心だけじゃない。身体中の血が騒ぎだし、心臓までもが悲鳴をあげる。
 そんなおれの心情など、まるで埃のように片手で振り払うんだ、お前は。
 心に潜んだ黒く闇のような嫉妬が、脳髄目掛けてせせり上がる。
 何とか動く脚をなけなしの気力で動かした。ふたりに近づこうと身体を向ければ、気がついたコックがロビンの耳許に唇を近づけ、何やら小声で囁いている。
 燃えたぎる炎が見えねェか? 燻る蜉蝣が見えんだろうが。
 威嚇にも似た視線を外すことなく、重い動きを速め、階段を上がる。既に持て余した右手は愛刀の柄を握りしめている。いざとなったら刀身を空に晒す覚悟だ。
 即座に離れたふたりは、同じ彩に染まっているが如く、同時に身を捩った。コックはキッチンへ、ロビンはお約束の女部屋へと逃げるように去って行った。
 何だよ、何だって言うんだよ。畜生。
 その場から動けずに佇むおれは、意味などないように突っ立っている蝋人形のようだ。吼える口があるのにも拘わらず、宝の持ち腐れのように無に身を重ねる。
 隙間が空いた胸には虚無感がひしめくだけだった。



 上陸前の会議。誰ひとり漏れずに顔を並べる。おれは扉付近を陣取り、壁に寄りかかった。会議は留守番を決めるためと、小遣い配布に伴って、上陸の際には必ず行われる。
 まずは小遣い。多目に配布されたのは、航海中の敵船襲来の戦利品によるものか。好きな酒、愛刀のために有り難く頂戴する。
 目に映し出されたロビンは、未だコックと肩を並べ、耳許で囁きあっている。一瞬、ロビンが頬を朱に染めたのは見なかったことにする。微笑み合うふたりの肩が触れ合う。その動作が手を繋ぎ合う様相に見えてきた。もう爆発寸前だ。

「それじゃ、留守番を決めましょう。誰か残りたい人、いる?」
「アウ、おれが残るぜ。サニーの修理がしてェもんでな」
「フランキーなら安心ね。ひとりで構わない?」
「スーパー任せろ」
「ありがと。じゃあ他のみんなは上陸ね。決して目立つ行動はしないで。ログが溜まるのも、どれぐらいかかるのかまだ分からないし」
「分かったから早く行こうぜ〜ナミ〜」
「うっさい! それじゃ皆、夕食前には帰船してよ! 以上!」

 ぞろぞろと各々が支度を始める。コックと仲睦まじくダイニングを後にしようとしているロビンの華奢な手首を強く掴み、制した。

「行くぞ」
「悪ィな、マリモ。ロビンちゃんのエスコートはおれだ」
「……ごめんなさい」

 制したはずのおれの手が、コックの手によって解かれる。おれは成す術がない。謝りの言葉なんざいらねェのに。欲しいのはお前なのに。
 ふたりが去った後の空気は冷たく頬を刺した。こんなにも何かを欲したのは、くいなの生を神に叫んだ以来か。
 腹の中のどす黒い何かが這い上がってくる。例えようもないその何かは、喉元で停止し、おれを腑抜けにさせる。追いかけてふたりの間を割りたい。だのに、ロビンの謝意が存外衝撃をおれに食わせた。









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