人生の杜
□クリスティンとクリストファー
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彼女は頻繁ではないが、たまに店に来るようになった。
日々自転車を触っていると、10秒もかからず、持ち主がどれくらい愛用していて、どんな乗り方をしているかが分かるもの。
彼女が持って来てもメンテナンスするところは正直殆んど無い。
USAプロの調整によるところも大きいが、頻繁に乗っていないか、全く乱暴に乗っていないのが分かる。
何もしないと不安だろうから、ブレーキ調整、変速調整、ワイヤー内部への注油など、メンテナンスした事が分かる味付けをする。
終わると、彼女はバイクに跨がってそこら辺を一周してきて
『アリガト!』
と言ってニコッと笑う。
次第におぼつかない英語とおぼつかない日本語の会話も増えてきた。
『You ride on this bike everyday?』
『。。ドキドキ ワタシハ ノリマス。』
ご多分にもれず、英語教育の為の英語を習っただけの知識では、疑問文の頭に『Do』が付くのか『Does』が付くのか『Did』が付くのか『Are』が付くのか『Were』が付くのか、咄嗟には出てこない。
だから、苦し紛れにいつも普通文の語尾のアクセントを上げて聞いていた。
後々聞いたらそれで良いとの事。なんやぁ。
何ヵ月過ぎても、彼女の日本語力は、一向に進歩しない。
3ヶ月でももっと上手くなる人がいるというのに。
そこで
『何で貴女は日本語が上手くならないのだ?』
と聞いてみた。
『ニホンノ トモダチ イナイ。』
神戸大と聖心女子大で英語を教えているが、日本語は一切使わないというのが分かった。
『じゃあ、私が日本語を教えるから、貴女が英語を教えてくれ。』
などと、この歳まで英語を必要とする事が無かったおっさんが、提案できる訳がない。
世界を股に活躍する訳じゃあるまいし。
暫く見ないことがあると、『リョコウ イキマシタ』
と言って顔を出した。
大学の休み期間中はロングバケーションを楽しんでいるみたい。
日本語出来なくて、日本の友達がいないのに、
『ニホンハ ダイスキデス』とも言っていた。
2年程は、彼女は定期的に来るお客さんであった。
ある日、引っ越しをすると言ってきた。
こちらに来て知り合ったアメリカ人の彼氏と京都に行くらしい。
だから、引っ越し前にメンテナンスして欲しいのと、分解して引っ越し先に宅配便で送って欲しいとの要望だった。
荷物が多く車には載せられないとの事だった。
ママチャリなどの自転車も増え、3台ある。
メンテナンスして宅配便で送れば軽く1万円は越えて来る。
向こうでも組み立てに出さなければいけない。
私にすれば、若い時から京都は行き慣れて地理にも明るい場所。
『じゃあ、引っ越し祝いに持って行ってあげる。』
と、提案した。
悪いからそれは出来ないと言っていたが、高くつく説明をしていたので、マンザラでも無さそう。
と云う訳で後日打ち合わせて、持って行く事になった。
彼女の名は『クリスティン』である事が分かった。
引っ越し当日、彼女が寄ってくれた。
マツダの旧オンボロボンゴに荷物をギュウギュウに詰めて。
そこには、髭モジャラの外人男性が二人、運転者と同乗者として乗っていた。
続く。