お題

□塞がった穴
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埋もれた穴の誰か視点





















千鶴を見つけた
一個下の後輩
平助と同じ年齢

変わっていなかった

「千鶴、?」
「はい。そうです…え、とどちら様ですか?」

千鶴は記憶がなかった
きょとりとする顔は
声は

昔と同じなのに

「あ、お前のクラスに平助いるだろ?話は聞いてるぜ。俺は」
「あ、思い出しました!!!原田先輩、原田先輩ですよね」


平助くんから聞いてます。
と千鶴は笑った

彼女は、平助を覚えていたのだろうか
きっと、覚えていない
(平助も、つらかっただろうな)

遠くで、千鶴。と呼ぶ声がした
千鶴は俺に頭を下げると笑ってさようなら。と言った
そして
向こうにいた誰かと仲睦まじく歩きだしたのだ

その口から
昔のように
俺を愛おしそうに呼ぶ声は
聞けないのだろうか

「なんで、覚えてねぇんだよ…千鶴」

もう見えなくなった千鶴の背中に向けて放った言葉は誰にも聞かれることなく

静かに消えた




















最近、千鶴が別れたらしい
と平助が言ってきた

「嬉しい?」
「複雑」
「だよなぁ」

別れを切り出したのは千鶴らしい
嬉しいとか、そんな感情はなかった
ただ
今まで心に渦巻いていた独占欲だとか嫉妬は
少しだけ薄れた気がした

それから暫くして、千鶴が廊下にポツンと突っ立っているのを見つけた
千鶴とは挨拶を交わすくらいで、あまり話す機会はなかったが
たまにはと思い、柄にもなく心を弾ませながら千鶴に話かける

「千鶴ちゃん」

ゆっくりと千鶴がこちらを向く
そしてニパッと笑って「こんにちは」と言った

「どうしたんだ?」
「いえ、なんか最近、変なんです」
「なんだ好きなヤツでも出来たのか?」

千鶴は少し黙って、おずおずと口を開いた
「もしかしたら、そうなのかも知れません。でも誰に恋しているかわからないんです」
「…」
「頭が心が、誰かを求めてやまない」


もしかしたら、と俺は思った

思い出して、くれるのでは?と

「すいません!!変な話し「千鶴」はい?」
千鶴の言葉を遮り名前を呼ぶ
そして手を伸ばして、千鶴の小さくて細い体を抱き締めた

「は、らだ、せんぱ…い?」
「俺にしろ千鶴」
「え…」
「…好きだ、」


















時が、止まった気がした
無音の世界に二人だけ
腕の中にいる小さな女の子は
何もいわなかった



















トン…と軽く胸を叩く音がして
千鶴を少し、離した
俺の胸に置かれた手が、俺のカーディガンを握っているのが見える


「さの、すけさん、左之助さん…わたし、わたし、思い出しました、よ」

涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣く千鶴が
酷く、愛おしく思った


















塞がった穴

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