バレンタインのおはなし。


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今日は、男にとって一日中心の休まらない日。
どんなヤツだって、ほんのちょっとくらいは意識して。もしかしたら…と仄かな期待を胸に抱く日。

だけど、オレにとっては違う意味で落ち着かない日だ。


オレが好きな相手は、甘いものがあんまり好きじゃない。だから、別にチョコなんて欲しがりもしない。

せっかくのバレンタインなのに。


「…ったく…誰がこんなくだらねぇ日作ったんだろうな」



教室で妙に浮ついているクラスメイトを横目で見ながら、阿部が不機嫌そうに呟いた。


「まぁまぁ…いーじゃん。1年に1回なんだしさぁ」


阿部を宥めながら、阿部の言葉に心臓が跳ねる。


やっぱ…チョコじゃなくても渡したら呆れるかな…。
渡した後の阿部の反応を想像すると不安になる。


「水谷ー、はいコレ」


クラスメイトの女子がオレの側に寄ってきて、小さな箱を差し出した。
予想していなかったことにオレはぽかんと相手の顔を見つめた。


「へ…オレに?」

「そーだよ?義理だけどね。ほら、阿部も」

「…どーも」


女子が差し出した箱を、阿部は表情を変えずに受け取った。
てっきりいらねぇ、とか言うのかと思ってたけど…。

女子と阿部のやりとりを見てオレはピンときた。

そうか、この手で渡しちゃえばいいんだ。




「あ、水谷これー」

「チョコ?ありがとー」

「お返し期待してるかんね?」

「あはは…わかってるって」


今日何度目かのやりとり。
今年はなんだかいつもより数が多い気がする。…まぁ、全部義理だけど。


「……すげぇもらってんじゃん」


不意に後ろから声をかけられて、変に動揺してしまった。
慌てて振り返ると、阿部が立っていた。

どこか不機嫌そうに見えるのは気のせいなんだろうか。


「あ…阿部」

「…モテモテだな、水谷」


そう言って阿部はフッと笑った。
けれど…その笑みにオレはなんだか違和感を感じた。いつもと違う…笑みのような気がして。


「あ…待って阿部!」


部活帰りに渡そうと思っていたけれど、なんだか今渡さないといけない気がして…
オレは去っていこうとする阿部を慌てて呼び止めた。

心臓がうるさいくらいドクドクいってる。
こんな緊張するバレンタインなんて、初めてだ。

鞄から少ししわくちゃになってしまった包みを取り出す。
不機嫌そうな顔のままの阿部に向かって、両手で差し出した。


「……何」


阿部が軽く目を瞬かせた。
やっぱ…呆れるかな。

手作りなんて…引くかな…。


「あ…のさ、たくさんもらってオレ食いきれないから…これ食ってくんない?」


気づいたら、オレの口が勝手にそう言ってしまった。

しまったと思ったけれど…もう遅い。

少し緩みだしていた阿部の表情は、先ほどよりもさらに不機嫌そうに変わっていた。
オレを見る目が、冷たい。


「…誰がお前にお裾分けしてくれって頼んだよ?」

「あ…阿部…」

「誰が食うか…気持ち悪い」


阿部の言葉が、ほんとうに胸に突き刺さったような気がした。

気持ち悪い。


「そ…そんなふうに言うことないだろ…食ってよ」


声が震えてしまうのを抑えて、阿部の方へ包みを差し出す。

冗談だって言ってほしい。
受け取ってほしい。


「いらねーっつってんだろ…!」

「っ…!」

パシッ、と手をはたかれて、包みが地面に落ちる。
なんだか、スローモーションになってるみたいだった。
ゆっくりと…包みが落ちて。

中からいびつな形のクッキーが、転がった。


「あ…」


転がり落ちたクッキーを見て、阿部が小さく声を洩らした。
そうしてはじかれたように顔を上げる。

戸惑ったような、うろたえたような表情に見える。

視界がぼやけて…うまく見れない。


「……水谷…」

「……ぅ…」


阿部の手が、壊れ物でも触るみたいにそっとオレの頬に触れた。
涙腺が壊れたみたいに、ぼろぼろ涙がこぼれて止まらない。


「ごめん…」


阿部が悪いんじゃない。
そう言いたいのに、声が出なかった。

つまんないヤキモチ妬いてごめん…と、阿部が消えそうな声で小さく呟いた。

声が出ないから、必死に首を振る。阿部の手がそっとオレの頭を撫でる。


阿部はオレが泣き止むまでずっと黙って頭をなでてくれていた。





「阿部…もういいってば…」

「なに言ってんだよ、よくねぇよ」


阿部は口をもぐもぐ動かしながら、首を振った。


「下に落ちたんだし、汚いよ…それに見た目も悪いし…」

「んなことねぇって。うまいよ、コレ」


水谷が作ってくれたんだろ。
あらたまって聞かれると照れてしまう。赤くなったオレを見て、阿部が楽しそうに笑った。

親にもねーちゃんにも見られたくなくて、一人でこっそり作ったクッキー。
いまいち焼き加減が分からなくて、気づいたら少し焦げ目がついていた。


「腹こわしてもしんないから…」


照れ隠しにそう呟きそっぽを向くと、不意に耳元に息がかかった。


「…水谷の愛のこもったクッキーで腹壊すんなら…別にいいよ」


そう囁かれて、オレは文字通り顔から火が出るんじゃないかってほど真っ赤になった。



「お返し…期待してるから」

「…んー…お返し、オレでいい?」

「…新しいゲームがいい」

「却下」

「ケチ」


阿部と普段通りの言い合いをしながらも、自然と顔が緩む。


お返しなんて、別にいらない。
阿部と一緒にいられるだけで。

オレはそれだけで、幸せだから。



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