いつもと同じ、部活帰り。


…違うのは、いつも隣にいるヤツがいないこと。



「…あれ、今日はひとりなんだ?」


「あー…まぁな」


自転車の籠に鞄を放り込むと、声をかけてきた相手に適当な返事を返す。


珍しいね、と停めてあった自転車を出してきてオレの隣に並べると、栄口はこちらへ軽く身を乗り出してきた。


「…ケンカでもした?」


「…ケンカっつーか…アイツが一方的に怒ってるだけ」


ため息まじりに答えて、自転車を押しながら校門へと向かう。


オレの後ろから、栄口が自転車を押しながらついてくる。


「また意地悪でもしたんだろ」


「…別にしてねぇよ。ただオレは…」


「…ただオレは?」


「ただ…三橋の生活態度についてだなぁ…」


「…へ?三橋?」


なんでそこで三橋が出てくるんだ、とでも言いたそうな顔で栄口がこちらを見てくる。


そうだ。なんで三橋の生活態度を注意したことで水谷が怒るんだ。


「…三橋の生活態度が、何?」


「…三橋がさ、投球練習ん時にくしゃみしたんだよ。それで…まさか風邪ひいたんじゃねぇかと思って」


「…あー…そういえば、してたね」


大きなくしゃみだったからだろう。守備練習をしていた栄口にも聞こえていたらしい。


「それで、ちゃんと夜は布団かけて寝ろとか…布団を蹴り落とすな、とか…」


「いつもの小言を言ったのな」


「小言…まぁ、確かに口うるせぇかもだけどよ…」


泉や田島には、いちいちうるさいと言われるけど…それでも三橋が体調をくずせばうちは終わりだ。

三橋がベストな状態じゃねぇと、試合にならねぇ。


「…それで、なんで水谷が怒んの」


「……」


栄口の問いに、オレは黙ってしまった。

その後のことを思い出すと、またイライラしてくる。


「…阿部?」


「……オレだけ見てて、って」


「……え?」


「…オレだけ見ててって…言ったんだよ、アイツ」



休憩に入ると、水谷が不機嫌そうな様子でオレを呼んだ。


普段は休憩にみんなと別行動なんてしない。でも仕方なくオレは水谷と部室へ戻った。


「…三橋ばっか、ずるい」


水谷の第一声は、それだった。


「…は?」


「三橋ばっか大事にされて、心配されて…ずるい」


意味がわからなかった。

三橋はうちの大事な投手で、うちのチームにはなくてはならない存在で…。


水谷とは、違うと思った。


「…何言ってんだよ」


水谷の言葉に、少しイラついた。


くだらない、と思った。


「…オレだけ、見ててよ」


「…は?」


「オレだけ、オレのことだけ見ててよ!」


「何言ってんだよ…」


「オレのこと大事じゃないのかよ…っ」


「…くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ、バカ」


「…っ…もういいよ!阿部のバカ!大バカヤロー!」


比べること自体、バカげてると思った。

三橋はうちのエース。水谷は…。




結局、水谷は大声でそう叫ぶとグラウンドに戻っていった。


残りの休憩もその後の練習も、目が合うことは一度もなかったし声もかけられなかった。

徹底的に、避けられていた。


「…で、帰りも逃げるように帰ってっちゃったわけだ。水谷」


「あぁ…すげぇ速さで着替えたみてぇ。オレが部室戻ったときにはもういなかったし」


今頃何をしてるだろう。

もしかしたら、泣いているかもしれない。


アイツ…泣き虫だから。


「…阿部」


「…あ?あぁ…悪い、何?」


水谷のことを考えていて、上の空だったらしい。

栄口は、オレを見て困ったように笑った。


「…まぁ、阿部が呆れちゃったのも分かるよ。子供みたいっていうか…自分勝手な言い分だしさ」


「…だろ?」


「うん。…けど、それだけ阿部のことが好きってことだろうから」


ちょっとうらやましいかな、と小さく呟いて、栄口は自転車に跨った。


「…栄口」


「それって、特別な相手にしか言えない、特別な我が儘だと思うよ」


オレの呼びかけをさえぎるように言うと、栄口はじゃあな、と自転車を漕いで行った。

見えなくなっていく背中を見送りながら、栄口の言葉が頭の中を巡る。


…特別な相手にしか言えない、特別な我が儘…か。



「…バカだな」


呟いて、思わず口元が緩んだ。

オレにしか言わない、オレだけのための我が儘。

そう思うと、急に水谷に会いたくなった。


今から家に行って、泣きはらした顔をからかってやろう。



オレは水谷の家に向かって自転車を漕ぎ出した。




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お題002番、「我が儘」です。
阿水だけど、今回水谷の出番はなし。栄口くんは、水谷と阿部の相談役ってことで。
水谷からも阿部からも相談されて、仲をとりもつキューピッド役なのです(笑)
我が儘といえば水谷。阿部に可愛い我が儘を言っちゃう水谷が愛しいです(笑)

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