abemizu

□熱
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[設定]大学生の二人。



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朝目が覚めると、景色が歪んでいた。

見慣れているはずの天井がゆらゆら揺れている。


…あれ、オレどうしちゃったんだろう。



起き上がろうとしても、頭が支えられなくてふらついてしまう。

起き上がるのを諦めてベッドの上に仰向けになる。

なんだか、身体が熱い。


ひょっとしたら、熱があるのかもしれない。



ぐるぐる回る視界の中、手探りで携帯を見つける。

開いて日付を確認する。


今日は、土曜日。

大学が休みでホッとするけれど、すぐに気持ちが沈む。


…今日は阿部に会いに行ける日。


阿部もオレも、バイトがあったり他の付き合いがあったりするから

毎週会えるわけじゃない。

二人とも特に用事のない週末で、さらに阿部の許可が出てはじめて会いにいける。


阿部がオレに会いに来てくれたことは、今まで一度もない。


それでもオレはいいと思ってる。

オレが会いにいけば、阿部には会える。

それで十分だから。



そんな大事な週末なのに…。


落ち込みながら、メールが来てないか確認する。

メールは0通。

週末の約束をとりつけたのが一昨日。

昨日は大学の友達と飲みがあって…阿部とメールはしていない。

していない…と思う。

酔っていたので記憶があいまいだ。

メールをしたような気もするけれど、今のこの状態ではメールは読めそうにない。

とりあえず阿部に行けなくなったとメールを送り、

オレは携帯を放り投げた。



自慢じゃないけど、今までそんなに熱を出したことはない。

一人暮らしを始めてからは風邪も引いてない。

何が悪かったのだろう。

考えようとするも、頭がうまく動かない。



阿部は何をしてるんだろう。

オレが熱出してるって知って、どう思ったかな。


…きてくれたり、しないだろうか…。






次に目を開けたとき、部屋はすっかり薄暗くなっていた。

どのくらい眠ってたんだろう。

相変わらず視界はゆらゆら揺れたまま、はっきりしない。

熱は下がっていないみたいだ。


ふと、視界の端で点滅する光に気づいた。

携帯の着信を知らせる光だ。



横になったまま、手を伸ばして携帯を取る。

携帯を開くと、新着メールの文字。

阿部だろうか。


何気なくメールを開いて、目を疑う。


そこには、見たことのある英語の文章が並んでいた。

メール送信エラー。



阿部に、メールが送れない。

突然のことに、頭が真っ白になった。

慌ててアドレス帳から阿部の携帯番号を表示させる。



「……」



携帯の向こうからは頼りない呼び出し音が聞こえてくるだけ。

阿部は、出ない。



阿部に連絡を取る手段は、メールか電話。

オレたちには今それだけしかない。

昔のように、家を出て自転車でいける距離でもない。


昨日までは、それでも今のオレたちは昔よりずっと近い関係だと思ってた。

昔よりもつながっていて、分かりあえてて。

だけど…今は阿部からのメールすらもらえない。

声も聞こえない。



「……あべ…」



薄暗い部屋の中、小さく名前を呼ぶ。

返事が返ってくるわけもない。

昔よりも…ずっとずっと遠くにいるんだから。



「…っ…阿部…!」



熱のせいか、声を張り上げようとしてもうまくいかない。

掠れた声が出るだけ。

こんな声じゃ…届くわけない。


大学に入ってから、ほんとはいつも心の奥にあった不安。

いつか、こうなる日が来るんじゃないか。

そんなことあるわけないと…いつも否定してた。

必死に、否定してたんだ。


阿部が…傍にいなくなること。



「あ…べ…」



阿部に会いたい。

傍にいてほしい。


オレ…邪魔にならないようにするから。

阿部の言うとおりに、するから…。


だから…

だから…離れないで…







  ***






「……に……ずたに…」

「……ん…」



誰かが、オレを呼んでる気がする。

気がするのに、瞼が重くて目が開かない。



「…ずたに…!水谷!」



その声が切羽詰ったような調子に変わる。

…うるさいな…聞こえてるってば…。



「水谷!このヤロウ、目ぇ開けやがれ!」



聞き慣れた怒鳴り声。

怒られるのはキライだけど、怒ってる声もキライじゃない。



「…っ…開けろ…ってば、この…っ…」



あれ…今度は泣いてるみたいな声だ。

そんな声も、キライじゃない。


普段のそっけない声も、怒ってる声も。

泣きそうな声も。



どんな声でも、いい。

もう一度、聞けるなら。




「……」



重い瞼をゆっくり開くと、ぼやけた視界に阿部の顔があった。

不安そうな顔に見える。



「……あ…べ…?」

「…っ…バカ…なんで…なんで連絡よこさねぇんだよ!」



掠れた声で名前を呼ぶと、阿部は一瞬泣きそうな顔になった。

でもすぐにまた怒った顔になって、オレに怒鳴ってくる。


…なんで、怒ってるんだろう。



「……連絡…した…けど…」

「…は?いつだよ!」

「…したけど…メール…届かなかったし…」



ぼそぼそとまるで独り言のように呟くと、阿部はすぐに呆れたような顔になった。

そうして、オレの頭をはたくような仕草をした。




「……お前、オレのメールちゃんと見てなかったろ」

「…めーる…?」

「昨日のメール!オレ、携帯かえたって送ったろ!」

「……」



携帯かえた…?

阿部が…?



阿部の言葉の意味が分からず、オレは黙って阿部を見つめた。

そんなオレを見て、阿部は大きくため息をついた。




「…どーせお前飲み過ぎてたんだろ…こんなことだろうと思った」

「……」

「連絡ねぇし、いくら待っても来ねぇし…連絡とれねぇし」

「……」

「しかも来てみりゃお前意識ねぇし…死んでんのかと思ったんだからな…」




小さくごめん、と呟くと、阿部はようやく少しだけ笑みを浮かべた。

そうして、まぁいいけど、と呟いた。




「…オレ、捨てられたんだと思ってた」

「……は?何バカなこと言ってんだよ」



独り言のつもりで呟いたけど、阿部にも聞こえてしまったようで。

阿部は呆れたようにオレを見ている。



「だってさ、連絡もとれなくなって…住んでるとこも遠くて…。

阿部は…全然こっちに来てくれないし…。オレばっか阿部に会いたくて…

いつかダメんなっちゃうんじゃないかって。オレ…ずっと思ってた…」




言わないでいようと思ってたこと。

言っちゃダメだと、思ってたこと。


一度口からこぼれたら、もう止まらなかった。


阿部は黙ってオレを見つめていた。


呆れたのかもしれない。

ひょっとしたら、オレを置いて帰ってしまうかもしれない。



阿部が口を開くのがこわくて、オレはギュッと目を閉じた。



阿部は何も言わない。

部屋はしんと静まりかえっている。



帰ってしまったんじゃないだろうか。

オレが不安になって目を開けようとしたとき。




「……オレだって…会いたいに決まってんだろ」




どこか拗ねたような、阿部の声。

おそるおそる目を開ける。


阿部は、まっすぐにオレを見つめていた。




「水谷に会う週末…オレがどんだけ楽しみにしてるか…

お前考えたことねぇだろ…」

「……阿部…」

「…まぁ…そりゃ水谷にばっか来させてんのは…悪かったと思ってるけど」




そう言って、阿部は少し笑った。

阿部の手が伸びてきて、オレの髪をくしゃくしゃと撫でる。




「これからは、オレもこっちに来てやるよ。お前が会いたいって言ってくれたら…

いつだって来てやる」



それで安心だろ、と阿部がオレの顔をのぞきこんでくる。

いつもと違って、なんだかやたらと優しい気がする。


…ほんとうに阿部だろうかと、疑ってしまうくらい。



「……阿部じゃないみたいだ…」



小さく呟くと、バカやろう、と軽く頭をはたかれた。

全然痛くなかったけど、わざと痛い、と呟く。


ウソつけと笑って、阿部はそっとオレの額にキスをした。

熱があるせいなのか、やっぱりずっと優しい。



たまには、熱を出すのもいいかもしれない。



うまくまわらない頭で、そんなことを考えたオレに。



「優しくしてやるのは今日だけだからな?」



まるでオレの気持ちを見透かしたみたいに、阿部がそっと囁いた。


いつも通りの、意地悪な笑みを浮かべて。







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