abemizu

□水谷誕生日
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誕生日は、いつも特別な一日。

子供の頃からずっとそうだった。

でも、今年の誕生日はもっと特別な一日。



阿部と付き合い始めて、初めての誕生日。

1月4日はオレの誕生日。

しつこいくらい阿部にアピールしてたし、きっと忘れてないはず。

プレゼントなんて期待してない…って言ったらウソになるけど。

阿部からもらえるなら、何だっていい。

たぶん、チロルチョコだってガムだって嬉しい。

おめでとうの一言だっていい。

阿部からの一言なら、どんなプレゼントよりも嬉しいって思える。


一年に一度の、特別な日。

誰よりも、阿部に祝ってもらいたい。






今日のオレは、たぶんずっと浮かれてたと思う。

部活中も、部活が終わってからも。



「水谷、今日誕生日だよね?おめでとう」

「え、水谷誕生日?じゃあさ、これからファミレスでなんか食おうぜ、んでお祝いしよーぜ」

「そうだなぁ…みんな予定平気か?」



部室内は、オレの誕生日会をやろうという計画で盛り上がっている。

オレのためにみんなが考えてくれたことで、それはすごく嬉しい。

嬉しい、けど…。



「……」



オレは部活が終わってからずっと阿部の様子を気にしていた。

阿部はオレの誕生日の話題が出てから何だかずっと機嫌が悪そうだ。

みんながおめでとうと言ってくれる中…阿部だけはずっと黙ったまま。


…まだ阿部からは、おめでとうの言葉もない。



オレの誕生日、忘れてたのかな。

みんなが言い始めて思い出したから…ばつが悪いとか。


そんなことを考えながら阿部を観察してみるけれど、阿部はただ黙々と着替えている。




「んじゃ、このまんまファミレス行くか」

「そーだね、そうしよう」

「あー…っと…あの…」



ファミレス行きが決定したらしい話の輪の中に、オレは遠慮がちに入り込んだ。

みんなの視線が、一斉にオレに向けられる。




「ごめん…実は、その…」

「あ…もしかして、約束あったりとか…?」



言いにくそうにしているオレの様子に、栄口が思いついたように呟いた。

そうして、みんなに気づかれない程度に阿部へ視線を送る。


…阿部は相変わらず不機嫌そうに荷物を詰めていたけど。




「ごめん…せっかく、みんなで決めてくれたのに…」

「別にいーって。オレらで勝手に盛り上がっちまったしな」

「んー…じゃあ、また今度別の日にやろーぜ」



みんなに謝りながら、ちらりと阿部に視線を向ける。

阿部はさっさと帰り支度を済ませて部室を出るところだった。

…オレを置いて。




「あ…じゃあ、オレ帰るから…っ」

「おー、また明日なー」




先に出て行った阿部を追いかけ、慌てて部室を出る。

出る間際、栄口が小さくオレにごめん、と囁いた。

阿部が機嫌が悪い原因が自分にあると思ったのかもしれない。

笑って首を振り、阿部の後を追う。



…栄口は悪くない。

オレの誕生日を祝ってくれようとしただけで…。



悪いのは、何も言わない阿部じゃないか。



阿部の後を追いながら、オレはだんだんイライラしてきた。



オレの誕生日なのに、おめでとうも言ってくれない阿部。

オレが追いかけてくるの分かってて、さっさと先に帰ろうとする阿部。



…こんな悲しい誕生日なんて、オレ生まれて初めてだよ…。



阿部の背中を追っていた足が自然と止まる。

阿部の足取りは相変わらず速くて…

ついてくるな、といわれている気がした。




「……」




ついていくのを止めて、立ち止まったまま阿部の背中を見つめる。

オレの足音が止まったことに気づいたのか、阿部がゆっくり振り返った。




「……」

「……」




黙って、阿部を見つめる。

阿部も、オレを見つめている。


阿部の考えてることが分からなくて、オレはじっと阿部を睨むように見つめ続けた。


みじめで…悔しくて。

阿部に祝ってもらえないのが寂しくて。


気がついたら、オレは泣いていた。





「……水谷…」

「……ぅ…」



阿部がゆっくりと近づいてくる。

オレの名前を呼んだその声は、珍しく何だか狼狽しているようだった。




「……ごめん…水谷…」

「…ど…して…っ…お、れ…今日…たんじょ…び、なの…に…」



オレは泣きながら必死に声を出した。

途切れ途切れに、言葉を紡ぐ。


阿部はどんな顔をしてるんだろう。

…こんなふうに泣いたりして…阿部はきっと困ってる。


阿部の顔が見られなくて、オレは俯いてただ泣き続けた。



そっと、阿部の手がオレの頭を撫でた。

遠慮がちになでる阿部の手が、微かに震えているような気がした。




「……ごめん…誕生日なのに…水谷のこと泣かして…」

「……」




聞こえてくる阿部の声がひどく悲しそうで、オレは必死に首を振った。

涙を止めようとゴシゴシ袖で拭いたけれど、涙は勝手にあふれてきて止まらない。




「…一番に…おめでとうって、言いたかった…」



少しの間、阿部は言葉を探すように黙っていた。

その後、小さな声でぼそぼそと、まるで独り言のように話し始める。



「…水谷が…オレにしてくれたみたいに、一番に、言いたくて…

でも…他のヤツがどんどんおめでとうって言って、お前も嬉しそうにしてて…

なんか、面白くなくて…さ…」


「……」



おそるおそる顔を上げると、眉を下げてすまなそうに話す阿部の顔が目の前にあった。

もう一度涙を拭くと、涙で濡れた頬に、そっと軽く口づけられる。




「オレ…バカみたいに嫉妬して…水谷のこと泣かせて…。

せっかくの誕生日なのに…水谷を幸せな気持ちにさせようと思ったのに…」



ごめん、と呟いて、阿部は項垂れた。



オレの誕生日を、忘れてたわけじゃなかった。

どうでもいいと、思ってたわけじゃなかった。

オレを喜ばせようと、思ってくれてたんだ。




「阿部…」

「……オレ…最低だよな…」

「…そんなことないよ…こっち向いて…?」



おそるおそる顔を上げた阿部に、そっと軽くキスをする。


オレのために一生懸命になってくれてた阿部。

不器用だけど…オレのために、オレを喜ばせようと頑張ってくれてた阿部。




「ありがと…阿部。オレうれしいよ」

「水谷…」

「今までの誕生日の中で…一番幸せ」



オレの言葉に、阿部はすごく驚いたみたいだった。

少し信じられない様子でオレを見ている。


戸惑う阿部の頬に、オレはもう一度軽くキスをした。

阿部は一瞬泣きそうな顔をしたけれど…


それをごまかすように、サンキュ、と小さく呟いた。






  ***





「あー…そうだ、帰りオレんち寄ってけよ」





自転車置き場に向かいながら、阿部がぽつりと呟いた。

泣いたせいで、なんだか瞼が重い。

オレは目をこすりながら阿部の方を見た。




「…阿部んち?なんで?」

「……ケーキ、買ってあるから」




一緒に食おうぜ。

そう言った阿部の頬が、微かに赤く見えた。




「阿部…」

「……」




赤くなったところを見られたくないのか、阿部の足取りがさらに速くなった。

ついていこうと必死になるけれど、隣に並ぶことができない。



「阿部っ…待ってよ、はやいって…」

「……」



阿部の背中にそう訴えると、不意にぴたりと阿部の歩みが止まった。



「……阿部…?」



どうしたのだろうと思ってオレが問いかけると。




「……しょうがねぇな」




小さな声でボソッと、阿部が呟いた。

何が、と問いかける間もなかった。




「…あ…阿部…?」




半ば強引に、引っ張られた手。

オレの右手は、阿部の左手としっかり繋がれていて。




「……」




隣に並ぶ阿部の顔を横目でちらりと見る。

その顔は、逸らされているけれど確かに赤く染まっていた。


繋がれた右手にギュッと力を入れると、まるで返事をするみたいに阿部も握り返してくれる。

黙っているのに、なんだか話をしてるみたいに思えた。


何も言わなくても、通じ合ってるみたいな。

そんな気がした。





「…阿部…オレ、今すごい幸せだよ」

「……あっそ…」




それでも、阿部の反応が見たくてつい呟いたオレに。


阿部はいつもどおりのそっけない答えを返した。

その言葉とは反対に、阿部の左手がしっかりとオレの手を握り直した。



オレも、だよ。



そんなふうに、言ったみたいに。




…オレのうぬぼれかも、しれないけどね。






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Happy birthday







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