abemizu
□君しか、いらない [1]
1ページ/1ページ
「いつか、また」「涙よ、とまれ」続き。
[ 設定 ] 高校3年。卒業後すぐの話
----------------------------
電車の窓から見える景色。
ついさっきまでは見慣れた風景だったのに、今はもう知らない景色ばかりが広がっている。
知らない、景色。
つらそうな阿部の顔が、頭から消えない。
涙を堪えた悲しそうな顔。
一度も振り返ることのなかった寂しそうな背中。
…もう、会えないんだろうか。
本当に。
上着のポケットから、微かに着信音が聞こえている。
咄嗟に携帯を取り出し、サブディスプレイの文字を見る。
驚くくらいがっかりした自分に、少し呆れる。
連絡、してくれるわけがないじゃないか。
もう…二度と。
「…もしもし」
「あー…やっと出た」
仕方なく電話に出ると、電話の向こうの相手は少し怒ったような声だった。
「さっきからずっと電話かけてたんだぞ?」
「…ごめん、電車乗ってるから。気づかなかった」
電話の相手に謝りながら席を立ち、車両の隅に移動する。
ほかに乗客は見当たらないのだから、その必要はなかったけれど。
「…何か用?」
「……本当に、これでよかったの?」
これで…よかったのか。
本当に。
「…何が?」
「何がって…阿部のことだよ」
だって…仕方ないじゃないか。
離れようとしている相手にすがりついて駄々をこねるほど。
オレだって…子供じゃない。
「……いいんだよ…これで」
「水谷…」
「…阿部にとっては…オレなんてもう必要ないんだ…」
…必要、だったら。
こんなふうに…別れを告げたりしない。
遠くに行く、ただそれだけのことで。
「……本気で言ってるの?」
「…もちろん本気だよ。栄口だって、聞いたろ?」
「……」
「阿部は大学で、彼女作るんだって言ってた。新しいスタートをきるんだ、って」
だから…オレはいらない。
オレは捨てられたんだ。
「…阿部が本気で言ったと、思ってる?」
「……」
「思ってないだろ。阿部は無理して言ってた…自分が悪者になるために。
水谷が…こんな最低な自分のことを早く忘れるように」
オレは…知ってた。
阿部が、オレのために離れたことを。
新しい町で、新しい学校生活を送って…新しい生活をして。
オレが…幸せになるように。
そうでなかったら…別れ際にあんな顔、するわけがない。
泣きそうな、つらそうな…顔を。
「…水谷…本当に、これで、いいの?」
「……」
「……その程度の、好きだったのかよ…!!」
栄口の怒鳴り声にビクッと肩が揺れた。
頭を殴られたような気がした。
違う…オレは…。
オレは今でも…。
これからもずっと…。
阿部以外…好きになれないんだ。
「……栄口、阿部の新しい住所聞いてる?」
ゆっくり深呼吸をする。
オレの言葉に、栄口がホッとしたのが電話ごしにも分かった。
「水谷…」
「オレは教えてもらえなかったから…誰か知ってたら聞いてくれない?」
「…そう言ってくれると思って、ちゃんと聞いといた」
三橋に聞いたんだよ。
そう言って、栄口はメールで住所を送ってくれた。
三橋の名前にちょっぴり胸がもやもやした。
…卒業しても、やっぱりバッテリーはつながってるんだと思った。
でも、それでもいい。
昔みたいに嫉妬して阿部を責めるようなことはもうしない。
オレは特別なんだと、阿部は言ってくれたから。
水谷は特別…だから。
阿部の声が、聞こえた気がした。
車内のアナウンスが次の停車駅を告げた。
座席に置いていた大きな鞄を肩にかけるとドアへと向かう。
いくら冷たい言葉を投げられようと。
嫌いだと、怒鳴られようと。
もう、決して離れない。
今度はもう、阿部の背中を見送らない。
…もう二度と。
--------------------------
別れの話、続き…っぽい話。
微妙に会話とか設定とかが違ってるような感じですが…
ほぼ同じ、くらいに思っていただければ。
ある意味別の話ってことでもいいかと思ってみたり(いい加減)
仲直り話がどうしても書きたかったので…。
これ、まだ続きます。