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□阿水クリスマス
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今日は12月25日。
特別な日なのは、オレだけじゃないはず。
街もなんだか楽しそうな雰囲気があふれている。
デパートの前にはきらきら光る大きなクリスマスツリー。
いつもよりカップルが多いような気がする。
小さな紙袋を片手に店を出たオレは、すごく幸せな気分だった。
何色にしようか随分迷って、結局濃い紺色に決めた。
決めた後でやっぱ黒にしようかまた悩み出して、店員さんに笑われた。
「彼女へのクリスマスプレゼント?」
優しそうな店員さんにそう聞かれて、つい表情が緩んでしまった。
だったらこの色が今一番人気ですよ。
そう言われて薄いピンク色を勧められたときは、どうしようかと思ったけれど。
紺色がすごくすきなんです、となんとかごまかした。
綺麗に包装された手袋を見て、阿部の顔が頭に浮かんだ。
驚くかな。喜ぶかな…。
早く阿部の反応が見たくてたまらない。
店員さんにお礼を言って、オレは急いで店を出た。
いつのまにか外は薄暗くなり始めていた。
***
「……ハァ…」
携帯を手に、何度目かのため息をついた。
数分前まで幸せいっぱいだったのがウソのように思える。
阿部の携帯は、さっきから何度かけても通じない。
「…クリスマスくらい…ちゃんと携帯気にしてろよ…」
思わず呟いた。
別に、約束していたわけじゃない。
…だけど、あれだけ昨日クリスマスのことを話したのに。
少しくらい気にしててくれてもいいじゃないか…。
結局、一緒に過ごすどころかプレゼントすら当日に渡せない。
家に帰ればケーキが用意されてるだろうけど…なんだか帰る気にもなれなかった。
あてもなく、通りを歩く。
幸せそうなカップルを見ていると余計辛く感じた。
「…あれ、水谷じゃん」
名前を呼ばれて顔を上げると、少し前にクラスメイトの女子が数名たっていた。
「なにやってんの?部活帰り?」
「あー…うん」
問いかけに答えながら、なんとなく持っていた紙袋を後ろへ隠す。
…今は指摘されたくない。そんな気分だった。
「今から暇?暇だったらうちらとカラオケでも行かない?」
「…カラオケかぁ…」
このまんま家に帰って、阿部のこと考えて寂しくなるよりはいいかもしれない。
そう思って、いいよ、と口を開きかけた。
…そのとき。
「…水谷、悪ぃ待たせた」
「……」
すぐ後ろから、不意に声がかけられる。
その声を聞いた瞬間、胸がきゅうっと締め付けられるような気がした。
大好きな、声。
今、一番聞きたいと思っていた、声。
「あー、なんだ。約束あったんだ?」
「…そういうこと。悪ぃな」
「男二人で寂しくない?」
「…るせぇな、お前らだって同じだろ」
「あはは、そっか。じゃ、またね。水谷、阿部」
阿部と女子たちの会話をどこか遠くで聞きながら、オレはぼんやりと阿部を見ていた。
どうしてここにいるんだろう、とか…なんで電話に出なかったの、とか。
聞きたいことはたくさんあった。
…だけど。
「…阿部…?」
「……」
女子たちが去っていった後、阿部は黙ってスタスタと歩きだした。
慌てて後を追い、背中に声をかける。
阿部は何も答えず黙ったままだ。
…なんだか、その背中が怒ってる気がした。
「……阿部…怒ってる…?」
おそるおそる聞いてみるも、何の返事もない。
せっかくのクリスマスなのに…こんな重い空気なのが悲しい。
「阿…」
「……邪魔して悪かったな」
もう一度声をかけようとしたオレの言葉を遮って、阿部がぽつりと呟いた。
「…え?」
「…カラオケ。行きたかったんだろ」
阿部の言葉に戸惑いながら、そっと阿部の顔をのぞき見る。
その顔は、怒ってるというよりなんだか拗ねてるみたいだった。
「……阿部…もしかして」
「……」
…ヤキモチ、やいてるんだろうか。
阿部が、ヤキモチ。
そう思ったら、ものすごく嬉しくなった。
電話に出なかったこととか、昨日のことなんてもうすっかり頭から消え去っていて。
「…阿部、これ」
「…ん…?」
そっと、阿部の方へ紙袋を差し出した。
不思議そうにしながらこちらへ手を出す阿部の腕を、もう片方の手で引っ張る。
「…っ…!」
不意に引かれて驚いた阿部の頬に、そっと軽く唇を触れさせる。
阿部は目を見開いて、慌ててまわりを気にした。
その仕草がなんだか面白くて、思わず笑ってしまう。
「…バッ…ここ外だぞっ…!」
「……誰も見てないよ」
顔を赤くして照れる阿部を見て、改めて紙袋を差し出す。
「…メリークリスマス」
渡した紙袋の中身を見て、阿部が少し目を瞬かせたのが分かった。
バカ、と小さく呟いた阿部の照れくさそうな嬉しそうな顔を見て…。
オレは最高の、プレゼントをもらったような気がした。
今までで一番幸せなクリスマスだと思った。
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クリスマス企画。
12月25日。