優しい指つれない君

□ふれた夢
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トモダチ、って。

どこまでなら許されるのだろう。


トモダチとしての好き、なら。

伝えてもいいんだろうか。




「レフトいったぞ!」

「おー…っ、わ…!」

「み、水谷!?」


飛んできたボールの距離を確認しながら、後ろに下がる。

不意に視界が、ぐらりと傾いた。
ぐるぐる世界が回る。

回って回って…

ずん、と頭に強い衝撃があった。誰かに頭を思い切り殴られたみたいな、強い衝撃。
目の前でチカチカと光が瞬く。

一度目を閉じて、再びゆっくりと目を開ける。

目の前には、花井の顔があった。


「おい…大丈夫か?水谷…」


ひどく心配そうな顔。
大丈夫、そう言って起き上がろうと思ったのに。

声が出ない。

呻くみたいな声だけが洩れて、ひどく恥ずかしかった。


「いい、起きるな…運んでってやるから」


花井の声が優しくて、オレは大人しく頷いた。
心配して駆け寄ってきてくれた泉と巣山に支えられて、オレは花井に背負われた。

まだぐるぐる回る視界の中に…みんなの心配そうな顔。
情けないオレ。

恥ずかしくて見ていられなくて、顔を背けようとした時。


阿部の顔が、視界の隅に映った。
はっきりとは見えないその顔は…

心配そうな表情の中に、どこか悔しそうな色を含んでいた。

どうしたんだろう。
気になったけれど、これ以上何も考えられそうになかった。

オレは目を閉じて花井に身体を預けた。




  ***




「んじゃ…オレは練習戻るからな。帰り、親迎えに来れそうか?」


保健室のベッドにオレを寝かせると、花井がまだ心配そうな表情のまま聞いた。
迎えには来れるだろうけど…そこまで大袈裟にするほどのことでもない。

単に後ろに倒れて頭を打っただけだから。
たんこぶができたみたいで、それがひどく痛むけれど…。


「ん…大丈夫、ありがと花井」

「親が来れそうになかったら、家まで一緒に帰ってやるから言えよ?」

「わかったから…それさっきも聞いた」


心配性なんだから、というと、花井は呆れたようにバカやろう、とため息をついた。


「頭はなぁ、大丈夫だと思っても後でなんかあったりすんだよ…」

「はいはい…それもさっき聞いたから」


お前なぁ、と再び説教モードに入りそうになった花井をまぁまぁ、と宥める。
渋々練習に戻った花井を見送って、窓の外へ視線を向けた。

ここからはグラウンドはもちろん見えない。

目を閉じる前に見た阿部の顔が、頭から離れない。

オレ…また何か阿部の気に障るようなこと、言ったんだろうか。
倒れる前に阿部と話したのは…明日の宿題のことくらいだ。そのときは別に阿部の機嫌は普通だった。

阿部って結構ころころ機嫌が変わるんだよな…。


「かわいーやつ…」


小さく呟くと、思わず顔が緩んだ。
同じ男に可愛いなんて…おかしいだろうか。

少なくとも阿部が聞いたら怒るよな。

そんなことを考えながら窓の外を眺める。
夕焼けのオレンジ色の光が窓から差し込んで、ひどく綺麗だった。







瞼が、重い。

開けようとしても…まるで瞼を接着剤でくっつけられたみたいに開かない。

誰かの、気配がする。
ベッドの脇に、誰かが立ってる。

それは分かるのに…眠くて眠くて、意識を保っていられない。


「水谷…」


水谷。誰かが名前を呼ぶ。
それはオレの名前だ…この人はオレを知ってる。オレを呼んでる。

なのに…瞼が開かない。


「……寝てるのか…?」


小さく問いかける声。

低いその声が心地良い。普段よりも優しい声。

オレの好きな…その声。


夢を見てるんだろうか。
オレの脇に、阿部が立ってて…オレを呼んでる。

ここはどこだっけ…オレんちだっけ…。


そんなことを考えていたら…温かな手がオレの髪を撫でた。

遠慮がちに、そっと。
ふわりと触れたそれが、優しくて温かかった。

阿部の…声と同じように。





「……」


重い瞼がやっと開いたときには、窓の外はもう真っ暗だった。
空には星が輝いていた。


「水谷、お前親呼ばなかったのかよ?もう8時過ぎだぞ」


練習が終わって保健室に来た花井は、オレが寝ぼけ顔で目を擦っているのを見てまた説教モードに入った。
結局、何度断っても頑として聞かず、花井に家まで送ってもらうことになった。


「あ…そういやさ、お前もらった?」


花井の自転車の後ろに跨ってぼんやりしていると、花井がふと思い出したように聞いた。


「…何を?」

「あれ…もらってねぇ?今日さ、練習終わってからこないだの練習試合の反省を書いてこいってプリント配ったんだ」

「…プリント…」

「そ。そんで、お前の分オレが後で持ってこーと思ってたんだけどさ…阿部が休憩にお前の様子見てくるっつってたから、頼んだんだよ」

「……阿部に…?」

「帰りじゃお前親呼んで早く帰るだろうと思ったからさ」

「……」

「んー…でもお前もらってねんだよな?おかしいなぁ…」



阿部が…オレの様子を見に…?


夢に出てきた、阿部のことを思い出す。

優しく、そっとオレの髪を撫でた手。
まるで大事な物を扱うみたいな…。


顔が熱くなるのが、自分で分かった。


夢かもしれない。
…いや…絶対に夢だ。


だけど…。


阿部に大事に思われるなら…

夢でもいい。

オレは、そう思った。







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