優しい指つれない君

□一番の、友達
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部室での二人を目撃してから一週間が過ぎた。
結局、阿部には謝れていない。

せっかく元通り、普通に話せるようになったのに…話題を蒸し返したくない。それが本音。
阿部の方も、もう忘れてしまったかのようにいつも通りだ。

もしかしたら…思い出さないようにしてるだけなのかもしれないけれど。


あれから、阿部が三橋の相談をしてくることはなくなった。
二人の様子も…特に前と変わっていない。
三橋は相変わらずオドオドしているし、阿部もそっけない感じだ。

…見間違い…ってことは、ないよな…。


『…だとしたら、どうする』


阿部は、そう言った。
否定…しなかったんだから…。



「……谷…水谷!」



名前を呼ばれてハッと我に返ると、阿部が呆れたような顔をしてオレを見ていた。
辺りを見回すと、部室にはオレと阿部以外誰もいなかった。

どうやらみんなもう帰ってしまったみたいだ。
阿部も既に着替えを終えている。
オレはというと…まだユニフォームのままだった。



「…お前…最近しょっちゅうボーッとしてっけど、大丈夫か?」

「…う…うん、大丈夫だよ…」



最近、阿部と三橋のことを考えていて上の空になってしまうことが増えた気がする。
今日も練習中に考え事をしていて、モモカンに注意された。



「やる気がないならレギュラーから外すからね」


以前ならこの言葉で目が覚めて、練習に集中するはずなんだけど…
今はレギュラーの座ですら、もう西広にやってもいいか…とか思ったりしている。

このもやもやした気持ちを消してもらえるなら…ほかはどうだっていい。


…阿部が聞いたら、きっとめちゃくちゃ怒るんだろうな。



「…水谷、具合でも悪いのか?」

「え…そんなこと、ないよ」



心配そうに顔を覗き込んでくる阿部に笑いかけ、ユニフォームを脱ぐ。
だったらいいけど、と阿部は自分のロッカーから鞄を出し帰る用意を始めた。

二人きりだということを意識してしまうと、心臓の音がうるさいくらい大きくなる。


…阿部に聞こえてしまわないだろうか…。


そんなことを心配しながらユニフォームを鞄に押し込む。
ふと、視線を感じて顔を上げた。


阿部の視線が、まっすぐにこちらへ向けられていた。

いつもと…何かが違う。
よく分からないけど、そう感じた。



「…阿部…?」

「……」


声をかけると、ハッとしたように阿部はすぐに視線を逸らした。
なんだか決まり悪そうな表情。
何か言いたかったのだろうか。



「…あ…」

「…さっさとしろよ、おいてっちまうぞ」



もう一度名前を呼ぼうとすると、それを遮るように阿部が呟いた。
鞄を肩にかけ、ドアの方へ歩いていく。

それ以上何も言えず、オレは急いで着替えを終えて鞄を掴んだ。


阿部の視線は、その後一度もオレに向けられることはなかった。





  ***




自転車置き場に向かいながら、阿部の様子を伺う。
早足の阿部についていくのは結構大変だ。
必死に隣を歩きながら、横目でちらりちらりと視線を送る。

表情からは、何も読み取れなかった。
いつもと変わらない、ちょっと不機嫌そうな顔。でもこれが普通だと思う。

さっきのは気のせいだったんだろうか。



「……襟」

「……え?」



不意に、阿部がボソッと小さく呟いた。
聞き取れず問い返すオレの方に、阿部の手が伸びてきた。



「…っ…」



伸びてきた、阿部の指。
阿部の体温が、オレの首を掠める。

思わず、ビクリと身体が震える。



「……あ…悪ぃ…」



オレの反応は、誰が見ても不自然で…。

マズイ、と思った。



「…襟…立ってたから、さ…」



阿部は気まずそうに手を引っ込めると、ぼそぼそと小さく呟いた。
そしてもう一度、ごめん、と言った。


なんて返したらいいか、わからなくて黙ってしまったオレを見て、
阿部はまいったな、と独り言のように洩らした。



「……もしかして、オレのこと、気持ち悪い…とか、思ってる…?」

「……え…」



阿部の言葉に顔を上げると、阿部は少し悲しそうな表情を浮かべた。
オレがヘンな反応をしたから…誤解させちゃったんだ。



「…もしそうなら、言ってくれ…」

「ち…違う!そんなこと…そんなこと思ってないよ!」



慌てて否定すると、阿部はほんの少し安心したように表情を緩めた。
それでも、どこかオレの様子を伺うように控えめだ。

オレの反応がこたえたのかもしれない。



「……阿部のこと…気持ち悪いなんて…全然、オレ…思ってない」

「…水谷…」

「…こないだ…あんなこと言ったのも、オレ…ほんとは言いたかったんじゃなくて…」



なんて謝ったらいいだろう。

阿部と三橋の抱き合ってるのを見て、イライラしたから言った。
そう伝えたら…阿部はどう思うだろう。

阿部が好きなのはきっと三橋で…
そうしたら、オレの気持ちは迷惑なだけなんじゃないか。



「……」

「…水谷…もういいって」


遠慮がちに、そっと阿部の手が肩に置かれた。
その手の温もりに、胸が締め付けられる。

好きだ、と言ってしまえば。
きっと楽になれるのに。



「……オレ…」

「…ん…?」



顔を上げて阿部を見つめる。

心配そうな、気遣うような阿部の顔。
いつもの意地悪な阿部じゃない、優しい阿部。

…言ってしまいたい。
阿部にほんとの気持ちを伝えたい。



…だけど…。





「……阿部のこと、すごい大事な…友達だと思ってるから…」

「…サンキュ」



オレの言葉に、阿部は嬉しそうに笑みを浮かべた。

友達。

傍にいられるなら…それでもいい。
友達でいよう。

そう決めたのはオレだから。



この想いは、絶対に阿部には伝えない。
心の奥に、ずっと閉じ込めておくんだ。

ずっと、ずっと。





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