優しい指つれない君

□変わらない君
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どんなに朝が来ないことを強く願っても。
朝は、必ずやってくる。



熱っぽくてだるい。
…なんて言ったところで、休ませてくれるはずがない。
最初は心配そうにしてたけど、熱がないことが分かると半ば強引に家を出された。

学校に行きたくないなんて思ったのは、久しぶりな気がする。

部活に出なければ顔を合わさずにすむ…とかなら、オレだって学校には行く。
だけど…同じクラスなんだから、嫌でも教室で顔を合わせる。

教室までの道のりが、ものすごく長く感じた。



何かの魔法で教室へたどり着けない、とか。そんなこと起こらないだろうか。
くだらないことを考えてみても、結果は同じ。
教室へ続く廊下は短く、あっという間に教室の前まで来てしまう。

オレはおそるおそるドアを開けて中を覗き込んだ。


行きたくないとぐずったわりには早く着いてしまったらしく、HRが始まる時間までは
まだ少し余裕があった。

阿部も、来ていない。



「…お、はよ。水谷、昨日はどうしたんだよ?」

「あー…はよ。ちょっと体調くずしちゃってさぁ…」



教室に入ると、オレに気づいた花井が近寄ってきた。
オレの席まで来ると少し心配そうな顔をする。

結局昨日は誰にも言わずに休んでしまった。

…きっとモモカンに怒られるだろう。走らされるだけで済めばいいけど。



「…お。阿部が来た」

「…」



ドアの方へ顔を向けた花井が、小さく呟いた。自然と身体がこわばるのが分かる。
阿部と視線が合って、逸らされたりしたらどうしよう。
いや…視線が合うことすらないかもしれない。

そう思ったら怖くて、オレはじっと自分の机を見つめたままでいた。



「はよ」

「おー…おはよ」



阿部はオレを見てるだろうか。
それとも、見ないようにしてるだろうか。
嫌われたかもしれない。最低なヤツだと思ったかもしれない。

ぐるぐると頭の中で色んな考えがよぎる。
同時に…昨日見た二人の姿も。



「…おい」



昨日のことを謝りたい気持ちと、もうあの話をしたくない気持ちが混じってぐちゃぐちゃだ。
こんなに考えたのはもしかしたら初めてかもしれない。



「…おい…」



じっと見つめている机の木目の柄がゆらゆら揺れているような気さえしてくる。
頭がボーッとしてくる。…もしかしてほんとに熱が出てきたんじゃないだろうか。



「おいってば!水谷!」



大きな声に、ハッと我に返る。
ぐるぐる考えていたことが、頭から消え去った。

そして…目の前には。



「何ボーッとしてんだよ。寝ぼけてんのか」

「……あ…」

「あ、じゃねぇっつの。挨拶してんだから返しやがれ」



いつもどおりの、不機嫌そうな阿部。
その隣では花井が苦笑いを浮かべている。



「あ…お…はよ、う…」

「…はよ。ったく、寝ぼけて学校来るわ部活無断でサボるわ…」

「…ご、ごめん…」

「…ま、いーけど」



慌てて謝ると、阿部は不機嫌そうな表情をほんの少し緩めて笑みを浮かべた。
その顔に、昨日からずっと不安だった気持ちが身体から抜け出た気がした。



「…あ、おい。寝んな」

「……」



力が抜けて、思わず机に突っ伏す。
頭の上から聞こえる阿部の声が、心地よく感じた。

たぶん、阿部本人はそんなつもりなかったんだろうけど。


もしかしたら、花井がいるから仕方なく声をかけたのかもしれない。
ほんとは、オレなんかと話したくなかったのかもしれない。

でも。

阿部の顔は、いつもと同じで。
不機嫌そうな無愛想な顔。声。呆れたような笑み。

そのどれもが作ったものではない気がした。


あとで阿部に、ちゃんと謝ろう。
そんで、気持ち悪いなんて思ってないことを伝えよう。
阿部は気にしてないって言うかもしれないけど。



机に突っ伏したまま、オレはそう思った。


一晩中考えて眠れなかった分の睡魔が、今になってやってきた。

少し遠くで阿部の呆れた声が聞こえる気がする。



その声を聞きながら、オレはつかの間の眠りに落ちた。





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