優しい指つれない君

□一緒に
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空一面に、黒い雲が広がっている。

今にも降りだしそうな感じだ。



「じゃあ集合!」



モモカンの声に、全員が集まる。

無意識に阿部の姿を探してしまう。

阿部はいない。

…三橋も。



「あー…水谷君、二人を呼んできてもらえる?」

「は、はい!」



オレが二人を探していたのに気づいたのか、モモカンがオレを見た。

慌てて返事をすると、グラウンドの隅に向かって駆け出した。

二人は別メニューだから、聞こえなかったのかもしれない。

別に…深い理由はないはず。


自分に言い聞かせて、オレは二人の所に向かった。




グラウンドの隅には所々雑草が生えている。

ここまでは手入れがとどいていないせいか、結構荒れた感じだ。

そこに、二人はいた。


練習しているのかと思ったけれど、二人はなにか話しているように見える。

別に、盗み聞きしようと思ったわけじゃないけれど…

なんとなく、オレは静かに二人に近づいた。




「…んじゃ、それでいくか」

「う…うんっ」



どうやら、何か投球に関する作戦を話していたみたいだ。

どこかホッとしている自分に気づいて、オレは苦笑いを浮かべた。

二人に声をかけようと、口を開く。



…と、不意に三橋が勢いよく顔を上げた。



「あ…あの、さ」

「…ん?」



三橋から話を振るなんてめったにないことで、オレは少し驚いた。

それは阿部も同じだったみたいで、少し戸惑っているように見える。




「…あ、阿部くん…は…」

「オレが何だよ?」

「み…みっ、水谷くんと…な、仲いいよね…」




三橋の口からオレの名前が出るなんて思ってもなかったので、

オレは思わずビクッとしてしまった。

予想していなかった話題で、阿部も驚いているみたいだ。


…阿部はなんて返すんだろう。

聞きたいような、聞いてちゃいけないような…

そんな気分でオレはじっと阿部を見つめていた。




「…なんだよ、いきなり…別に普通だろ?」



阿部の答えはあっさりしていた。

…そりゃ、当たり前なんだけど。

少し期待してしまった分、普通、の言葉が寂しく感じた。




「で、でも一緒…かえったり、とか…」

「そんなの他のヤツとだって帰るぞ」

「と、当番なのに…ま、待って…」

「あー…この間な…」



三橋の言いたいことが分かったのか、阿部は少し決まり悪そうな顔をした。

さすがに三橋本人にほんとのことは言えないからだ。


オレは声をかけるのも忘れてじっと二人を見ていた。

あとでモモカンに怒られるな…

そう思いながら。




「…まぁ…水谷はさ、話しやすいっつーか…。

一緒にいるとさ、結構面白いっつーのかな…」



阿部がボソボソと呟いたのが微かに聞こえた。

小さな声だったけれど、確かにそういった。

恥ずかしいのか、阿部は呟いた後がしがしと頭を掻いた。



一緒にいて、面白い。

それはつまり…一緒にいてもいい、ってことだよな。


オレは、阿部と一緒にいてもいいんだ。


阿部にそう言ってもらえたような気持ちになって、

顔が思わず緩んでしまう。




「…あー…ほら、そろそろ練習終わりだろ。行くぞ」

「あ…う、うん…」



阿部は照れ隠しなのか僅かに低い声で言うと、グラウンドの中央へと

逃げるように小走りで駆けていった。

三橋がその後を追う。



グラウンドの隅にはオレ一人だけが残された。

緩んでしまった顔が元に戻らない。




「……面白い…か」




面白いって、ほめ言葉なんだろうか。

ふとそんなふうにも思ったけれど。


一緒にいていいんなら、面白い、でもいいか。


オレはにやけた両頬を軽く両手で叩くと、二人の後を追って中央へ戻った。




モモカンに怒られても、頭を掴まれたとしても…


今日は、なんだか耐えられるような気がした。





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