優しい指つれない君

□おしこめた想い
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朝起きて、何よりも一番に誰かの笑顔が浮かぶなんて。

今まで一度もなかった。

今までなら…朝起きるとたいていボーッとして、そんで部活のこととか考えて。

よし、頑張るかぁって感じで、起きるのに。



朝、目がさめて一番に、昨日見た阿部の笑顔が頭に浮かんだ。

少し呆れたような、仕方ないなぁとでも言うような。

優しい、笑顔。

…なんだか、勘違いしてしまいそうになる。



オレのことを、大事に思ってくれてるんじゃないか…って。


…そんなこと、あるわけないけど。





「……はよ」

「あ…お、はよ」



教室に入ると、こちらを気にしている阿部と目が合った。

挨拶をされて一瞬昨日のことを思い出し、声がうわずる。


…別に気にするようなことは何もないけど。

ただ…なんとなく照れくさかった。



結局、昨日は阿部に謝れなかった。

この間の話題を持ち出したら、阿部の態度がまた変わるんじゃないか…

そう思うと怖かった。


パンを食べる間、いつも通りくだらない話をした。

阿部はほとんど聞いてるだけだったけど。

その態度は前と全然変わらなかった。

…もう気にしていないのかもしれない。


今さら蒸し返すべきじゃないよな。




「…阿部、誰か待ってたの?」

「いや…別に」

「でも…廊下の方気にしてたじゃん」

「そんなことねぇって。たまたま見てただけだよ」

「…ふーん…」



阿部が不機嫌そうな顔になったので、オレはそれ以上聞くのを止めた。

…昨日の笑顔がウソみたいに思える。


オレの見間違い…なんていうことはないよな…。



「…おい、水谷」

「…え、なに?」



諦めて自分の席に着くと、阿部が不意にこちらへ顔を向けた。

教室には他にもクラスメイトがいるし、別に二人きりじゃない。


…二人きりじゃないけど…妙に緊張する。



「あー…のさ…」



珍しく、阿部が言いにくそうに口ごもる。

どうしたんだろう…。




「なんだよ?どうかしたの?」



阿部の様子がおかしい。

なんだか落ち着きがなくて…言いにくいことなのだろうか。


不思議に思って見つめるオレに気づいて、阿部がようやく口を開いた。




「三橋、がさ…」




三橋。

阿部の口から出てきた名前に、一瞬ギクリとする。


別に、三橋が嫌いなわけじゃない。

大事なチームメイトだし、大事なうちのエースだ。

頑張ってるし、オレもアイツのために頑張んなきゃって思う。

…だけど。



阿部の口から三橋の名前を聞くと…もやもやする。




「…水谷?」

「……え…あ…」



無意識に嫌な顔をしてしまったんだろうか。

阿部が不思議そうにオレを見つめている。

慌てて笑顔を作り、なんでもない、と首を振ってみせた。




「…そうか?」

「うん、別になんでもないから」



まだ心配そうにする阿部に笑いかける。

阿部は先ほどの話の続きをしたいのだろう。何か言いたそうにしている。



それを遮るように、オレは立ち上がった。



「…水谷?」

「あー…ごめんね、阿部。オレ用事あんの思い出したから」




話はまた後で。

そう言って、オレは逃げるように教室を出た。

背中に阿部の視線を痛いほど感じたけれど…オレは振り返らなかった。





教室を出て、廊下を目的もなく歩く。

廊下の長さなんて知れているから、すぐに突き当たりまで来てしまう。

ほかに行くところもない。

朝のHRまで時間を潰そう。

そう思ってだらだらと廊下を歩いていると、教室から賑やかな声が聞こえた。


…この声は田島だ。

よく聞くと泉の声も聞こえる。


…三橋も、声は聞こえないけどきっといるだろう。



なんとなく気になって、廊下の窓から教室をのぞく。

三人は席についてなにやら楽しそうに話している。

三橋は、二人の話に相槌をうったりリアクションをしたりしている。


三橋の落ち着かない様子を見て、思わず笑ってしまった。

いつも落ち着かなくて、挙動不審で。

でも…なんか見てて楽しくなる。

癒される…っていうのとは少し違うかもしれないけれど。



阿部が三橋を気にする気持ちが、なんとなく分かる気がした。

放っておけない、ってヤツなんだろう。

阿部の三橋に対する気持ちが、どういうものかは分からないけれど…。



阿部も、三橋も、大事だから。



田島がオレに気づいて、おーい、と手を振ってきた。

それに笑って返しながら、三橋にも笑いかける。

三橋はきょとんとしていたけれど、すぐに慌てて手を振ってきた。



オレは、二人を見守るから。



心の中でそう呟きながら、オレも三橋に手を振った。



阿部が好き…。


この思いは、絶対に阿部には伝えない。


オレの中に、押し込めておこう。


オレはそう誓った。





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