優しい指つれない君

□カレーパン
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部活の間中、ずっと緊張していた。

こんなこと初めてだと思う。

阿部にどう謝ろうか。なんて話そうか…。

練習に何とかついていきながら、そればかり考えていた。

気がつくと、阿部の姿を目で追っている。

…こんなとこ誰かに見られたら、オレが阿部をどう思ってるかなんてすぐにバレてしまうに決まってる。

だけど、今のオレにはそんなこと気にする余裕はなかった。


阿部に謝って…嫌ってるんじゃないことを伝えなきゃ。

それしか、考えてなかった。




「じゃーなー」

「おー、また明日」


帰っていくヤツらを目で追いながら、阿部の様子を伺う。

オレのロッカーから阿部のロッカーまでは少し距離がある。

だから少々見てても気づかれないはずだ。


阿部は黙って着替えをしている。

時々、思い出したように三橋に話かけているものの、三橋相手だからか話が続かない。

すぐにまた黙って着替えに集中する。

…やっぱり三橋と話してるとこを見てるともやもやする。

胸が苦しいような…重いような感覚。

これはヤキモチ…っていうヤツなんだろうか。

いつ声をかけようか…もうちょっと人が減ってからの方がいいのかな…。

オレはそわそわしながら何度も携帯で時間を確認した。



「…水谷」

「うわっ…!」


不意に後ろから声をかけられて、ビクッと身を竦ませる。

慌てて後ろを振り返ると、オレの反応が予想外だったのか驚いた顔をした栄口が立っていた。


「あ…さ、栄口…」

「驚かせちゃった?ごめんな」


申し訳なさそうに言いながらも、オレの反応が面白かったのかすぐにクスクスと笑みを溢した。

自分の反応に恥ずかしくなる。


「あ…や、オレの方こそ」

「…水谷、阿部に声かけなくていいの?」


帰っちゃうよ、という栄口の言葉にハッとして阿部の方を見る。

阿部は三橋と並んで部室を出て行く所だった。


「あ…」


声をかけようとして、すぐに口を閉じる。

…三橋が、一緒だ。

阿部は三橋と一緒に帰るんだ。



「…水谷?」

「今日は…いいや、また明日にする」

「でも…」

「栄口、一緒に帰ろ?コンビニ寄ってこーよ」


わざとらしいくらい明るく言って栄口に笑顔を向ける。

栄口はまだ何か言いたそうにしていたけれど、小さくため息をつき頷いた。


だって…三橋がいる前で、阿部になんて言えばいいんだ。

今度無視されたら…もう立ち直れない。

無視されんのが…怖かった。

阿部にいないことにされるのが…怖かった。



コンビニに着くと、珍しく他のヤツは来ていなかった。

オレと、栄口だけだ。

いつもはたいてい部室で別れてもコンビニで何人かとまた会うことが多い。

毎日の日課、みたいな感じだ。


「栄口、なんにする?」

「んー…そうだなぁ…」


惣菜パンの並ぶコーナーの前で、栄口とぼんやりパンを眺める。

それほど腹は減ってない気がしていたけど、いざパンを目の前にすると不思議と腹が減ってくる。


「悩むなぁ…」

「んじゃ、オレはこれ」


まだ悩んでいるオレの横で、栄口はパンを手にとった。

そうして、先にレジへと向かう。


「水谷ー、早くな」

「お、おう…」


焦らされると余計に決められない。

栄口は飲み物のコーナーに行ってしまったらしく、姿が見えない。

真剣にパンとにらめっこすること、5分くらいだろうか。



「…おい、邪魔。早く決めろよ」

「……うわっ!」


不意に後ろから不機嫌そうな声が聞こえて、何気なく後ろを振り返った。

そこには、いつものように眉を寄せて無愛想な表情をしてる…

阿部が、いた。


「あ…阿部?」

「…邪魔だっつってんだろ。どけ」

「あ…ご、ごめん」

「ったく…パン決めるのに何時間かかんだよ、お前は…」


慌てて場所を譲ると、阿部はブツブツ言いながらパンを手に取った。

カレーパン。あ…なんかうまそう。


「…んだよ、これがいいのか?」

「…え…あ、べ、別に…」


よほど物欲しそうな顔をしていたんだろうか。

阿部がオレを見て、持っていたカレーパンを軽く持ち上げた。

慌てて否定すると、阿部は呆れたような顔をしてレジへと向かった。




…パンのことですっかり頭から消えていたけど…

今、チャンスだったんじゃないだろうか。


ふとそれに気づいて慌ててレジを見る。

阿部の姿は、もうなかった。


…けど、自然に話せた気がする。

阿部は別に気にしていなかったのかもしれない。

いつも通りの阿部、だった。

不機嫌そうな、いつもの顔。


…でも、それが嬉しかった。

すごく、嬉しかった。



ようやくパンを決めて、レジで支払いを済ませオレは店を出た。

コンビニ袋を提げて自転車置き場に向かう。

そこには栄口が待ってるはずだった。



「……遅ぇ」

「……」



でも、待っていたのは栄口じゃなかった。

栄口の姿はどこにもなくて…並んで停めていた自転車もなくて。


そこには…。


「お前コンビニに何時間いれば気が済むんだよ。いっそコンビニに住んじまえ」

「……阿部…」


不機嫌そうに文句を言う、阿部がいた。

自然と、三橋の姿を探してしまう。


「…栄口なら、先帰ったぞ」


オレが栄口を探してると思ったのか、阿部が呟いた。


「あ…や、そうじゃなくて…」

「…じゃあ何だよ」


オレが首を振ると、阿部は訝しそうな顔をした。


「み…三橋…は?」

「…は?三橋?」


言いにくそうに呟くと、阿部が意外そうな声を上げる。

そうして、わけわかんねぇ、と付け足すように言った。


「三橋なら、とっくに帰ったけど?」

「え…だって、一緒に…」


一緒に部室を出たじゃないか。

そう言いかけて、止める。

見ていたのがバレそうな気がしたから。


「今日はカレー、なんだとよ。だから寄り道しねぇで帰るっつって。速攻帰った」


阿部は何でもないことのように言いながら車止めのブロックに腰を下ろした。


「…帰んないの?阿部」

「…帰れっつーなら帰るけど?」


不機嫌そうな顔で言いながらも、阿部は持っていた袋からパンを取り出す。

…もしかして、一緒に食うために待っててくれたんだろうか。

オレのこと…待っててくれたんだろうか。


「…さっさと食って帰るぞ」

「あ…う、うん」


カレーパンを袋から出し半分にする阿部を見ながら、阿部の隣に腰を下ろす。

ブロック1個分、距離を空けた。

阿部がちらりとこちらを伺う。


「…ほら」


差し出されたのは、半分に分けたカレーパンだった。


「…え…?」

「食いたかったんだろ、半分やるよ」


半分にされたカレーパンは、阿部の力でややつぶれていた。

カレーがはみでてきている。


…オレは思わず笑ってしまった。


「んだよ…せっかく分けてやろうと思ったのに」

「っ…ごめん待って…、あ、ありが…っ…」

「…っ、もういい!やらねぇ!」

「ご…ごめんってば…」

「うっせぇ!もう食うな!」


笑いながら謝っても逆効果だったみたいで、阿部は赤くなって怒ってた。

差し出したカレーパンを引っ込めて、口に放り込む。


「あー…オレのカレーパン…」


阿部の口元を見つめて呟くオレを横目で見ながら、阿部はもぐもぐと口を動かす。

そうしてごくん、と飲み込んだ。


「オレにくれるって言ったのに…」

「お前が笑うからだ」

「だって…うれしかったからさ、つい」


ごめん、と小さく呟くと、阿部はため息をついた。


「…しょうがねぇな…」


項垂れたオレの方に、袋に入ったもう半分のカレーパンが差し出された。

おそるおそる顔を上げると、阿部と目が合う。

…心臓が跳ね上がったような気がした。



…阿部が、笑っていた。

オレに、向かって。


いつもの、意地悪な笑みじゃない。

その顔は…あの時に見た笑顔にほんの少しだけ、似ていた気がした。



たとえ、あの笑みとは違っていたとしても。



オレは…その阿部の笑顔に、たぶんもう一度、恋をした。

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