優しい指つれない君

□確信
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聞き間違い、だったんじゃないかと思う。

夢かもしれない。

阿部を意識しすぎて…リアルな夢を見たのかも。

目が覚めて、一番にそう思った。


教室に入ったら、いつもみたく無愛想に挨拶を返してくれる。

にこりとも笑わないで、おー…って。

そんで、ちゃんと挨拶返してよ…ってオレが文句を言うと。

うるせぇな、って不機嫌そうに返してくるんだ。

そんないつもの、やりとり。

きっと今日も、おんなじ朝。




「…はよ、阿部」


いつも通り、明るく挨拶をした。

昨日のは聞き間違えか、オレの夢の中での出来事。

そう信じて。

そう…思おうとして。



「……ん…」


阿部の反応は、いつもより悪かった。

視線も合わない。

こっちを見てもくれない。



夢じゃ、なかった。

昨日の言葉は…本当にオレに向けられた阿部の言葉で。

阿部のオレに対する…気持ちなんだ。


「あ…のさ、阿部…」

「…花井、ちょい昨日のノート見せてくんねぇ?」


俺の脇をすり抜けて、阿部は花井の席へ歩いていく。

お前とは、話したくない。

そう言われた、気がした。


目の前が真っ暗になった気がした。

阿部に…嫌われたんだ。

阿部に…。





「……に…水谷!」

「……」


気がつくと、すぐ目の前に栄口の顔があった。

その横には、心配そうな花井の顔も。


ぼんやりと辺りを見回す。

教室には、オレたち以外誰もいなかった。

阿部も…いない。


「コイツ、今朝からずっとこんな調子でさ…呼んでも無反応なんだよ」


困ったように眉を下げて花井がため息まじりに言う。

…オレのことを言ってるらしい。

朝から今までの記憶がなかった。


いつの間にか夕方になっていたらしく、窓からオレンジ色の光が差し込んでいる。

…部活、行かないと。


「部活…もう始まってんじゃないの…?」

「…そんな状態で出ても、また走らされるだけだぞ」


呆れたように言って、花井はポンと俺の頭を撫でた。

そうして栄口に顔を向ける。


「悪いな…あと頼む」

「ん、わかった」


花井はそう言うと教室を出て行った。


「…水谷、なんかあった?」

「……」

「今朝からずっと様子がおかしいって、花井が心配してたよ」


何を聞いても上の空なオレの様子を心配して、花井が栄口を呼んだらしい。

…栄口になら、話せるだろうか。


「…オレ、さ…」

「ん…」

「…阿部にさ…嫌われたっぽい…」

「…阿部に?」


オレの悩みに阿部が関わっているとは思っていなかったのだろう。

栄口は意外そうな声を上げた。

それでも、すぐに真剣な表情に戻ると先を促してくる。


「…なんか、あった?」

「…ん…」


オレは、昨日あったことを栄口に話した。

急に不機嫌になった阿部のこと。

阿部の言葉。

…ただひとつ、オレが阿部に対して持っている気持ちだけは話さずにおいた。

これだけは…栄口にも話せない気がした。


「…なるほどね」


オレが全て話し終わると、栄口は少し間を置いてから呟いた。

おそるおそる栄口の方を見ると、栄口はオレを見て笑った。


「…たぶん、阿部は面白くなかったんじゃないかな」

「…え?」


栄口の言っている言葉の意味がわからなくて、オレは問い返した。

…面白くない?何が?


「水谷が、自分といてつまらなそうにしてる。三橋みたいにビクついてる」

「…それは…」

「それなのに、花井が来たら途端に嬉しそうな顔をする」

「……」

「阿部にしてみたら、自分は嫌われてるんだー…ってくらいに思ったんじゃない?」

「そんなこと…」


そんなこと、あるわけないのに。

花井が来てホッとしたのは…阿部と二人きりなのが気まずかっただけで。

意識しすぎて…落ち着かなかっただけで…。


「…水谷は、阿部が嫌い?」

「そんなこと…ない」

「じゃあ…怖いとか?」

「…そりゃ…最初の頃はちょっと思ってたこともあったけど…」


試合でエラーした時、怒る阿部は怖かった。

しばらく口も聞いてもらえないくらいで…。

オレ、あんときは阿部が苦手だったんだ。


でも…今は違う。


「阿部のこと…怖いとか、思ってない」

「じゃあ…好き?」

「……」


栄口の問いに、ドクンと心臓が跳ね上がったような気がした。

好き…?

阿部を…好き?



「…うん…」


気がつくと、オレは自然と頷いていた。


阿部が好き。

…オレは、阿部が好きなんだ。


「…じゃあ、そう伝えたらいい」


栄口は、満足そうに言うと席を立った。


「阿部本人に、直接言うといいよ」

「…でも…」


聞いてくれるだろうか。

朝みたいに、無視されないだろうか。


「真剣に言えば、阿部だって聞いてくれるよ」

「もし…もし聞いてくれなかったら?」

「…そんときは、オレが押さえつけてでも聞かせるから」


安心しなよ、と栄口はオレの肩を叩いた。

すごく頼もしく思えた。

栄口に話して…よかった。


「ありがと…栄口」

「どういたしまして?…さ、それじゃ部活行こっか」

「…うん」


急がないと、また監督に走らされるぞ。

栄口はそう言って悪戯っぽく笑う。

それにつられるように、オレも笑った。



部活が終わったら、阿部にちゃんと話そう。

聞いてもらえるまで、何度でも。


オレはそう決心した。

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