優しい指つれない君

□すれちがう、キモチ
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阿部が…好きなのかもしれない。


一度意識してしまうと…

もう、元には戻れなくて。

阿部の動きに、その声に。

自分でも驚くくらい、反応してしまう。






「…遅いな…花井のヤツ」

「あー…うん…」


一緒に部活に行こう、なんて誰が言ったんだろう。

花井が日直だって知ってたら、たぶん言わなかった。

…言ったのは、オレだと思う。

阿部と二人で行くのはイヤで。

でも一人で先に行くのもなんか、イヤで。

それなら三人一緒に行けばいいと思った。

…それで提案したんだけど。


「やっぱ…先に行っとくって言えば良かったな」


花井は先に行っていいぞ、って言ってたけど。

ここまで待ったんだから、ついでに待とうってことになって。

今オレは阿部と二人、席に座っている。

教室には他に誰もいない。

二人きり、だ。


「……」


何を話したらいいのか分からなくて、自然と黙ってしまう。

二人きりだと意識してしまうと…余計に。

心臓の音が、いやに大きく聞こえる。


「…今日はいやに静かじゃん」

「…え…あ、え、オレ?」


阿部がボソッと呟いた言葉の意味が一瞬分からなくて反応が遅れた。

自分でも不自然なくらい声が裏返ってしまって、恥ずかしくなる。

阿部は、オレの反応にプッと吹き出した。


「…おま…今の反応、何?」

「や…だ、だっていきなり阿部が声かけるから…」


笑われて、さらに恥ずかしくなる。

たぶん顔、赤くなってるんだろう。


「ヘンなヤツ。…この間からヘンだぞ、お前」


阿部の指摘に、ドキッとした。

気持ちを読まれてるような…そんな気がした。


「べ…別に、普通だよ…」

「いーや、普通じゃないね。お前すぐ顔に出て分かりやすいし」


ヘンだよ、と呟いて、不意に阿部が手を伸ばした。

ビクッ、と大きく肩が震えてしまう。


「……」

「あ…」


オレの過剰な反応に、阿部は驚いたように目を見開いている。

今のは…どうみても普通の反応じゃない。

…気づかれる…。


「…水谷…」

「…は、花井さ、遅いね?」


どこか戸惑うような表情浮かべた阿部の呼びかけを遮る。

いつもどおりを、装って。


「……」

「花井まだかなぁ…ね、阿部」

「…あぁ…」


これ以上ないくらいの笑顔を無理矢理に作って笑いかける。

阿部は少し固い表情で短く答えただけだった。


気まずい沈黙。

阿部はもう何も問いかけてこない。

何か…話をしなきゃ。


オレが声をかけようとしたとき。


「…悪ぃ!遅くなっちまって!」

花井が教室に入ってきた。

急いで来たのだろう、少し息が上がっている。


「あ…花井」


花井の顔を見て、オレは自分でも驚くくらいホッとしていた。

緊張していた体から力が抜けて、思わず情けない声を出してしまう。

花井はそんなオレを見て、不思議そうな顔をする。


「…なんだ?どうかしたか?」


オレと阿部を交互に見て、花井は首をかしげた。


「や、なんでもないよ」


オレは明るく言って席を立つ。

花井が来てくれてよかった。


気まずい空気を消してくれた花井に、オレは感謝の気持ちでいっぱいで。

だから…気づかなかったんだ。


阿部の、気持ちに。



「…さっさとしねぇと、遅れるぞ」


席を立ち鞄を掴むと、阿部はそう言ってオレと花井を見た。

その表情が、どこか不機嫌そうに見えた。


花井は慌てて教科書を鞄につめている。

その様子を、少し離れたところで見守るオレのすぐ傍を阿部が通りすぎた。


…その、ほんの一瞬。


「…オレといんのが、そんなに嫌だったのかよ」


小さく…やっと聞き取れるくらいの低い小さな声で。

阿部がオレに、呟いた。


「……え…」


阿部の言葉に振り返ると、阿部はもう教室にはいなかった。

…どういう、意味だろう。

頭が…うまく働かない。

頭が、真っ白になった。


ただ…阿部の言葉が頭の中で繰り返される。


突き放すような…一言だった。

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