優しい指つれない君

□変化
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阿部隆也。

クラスメイトで、同じ野球部のメンバーで。

一緒に甲子園目指すんだから、やっぱそれなりには仲良くしなきゃいけないわけで。

一応、仲良くしようって思ってた。



二人でいると、なんとなく会話が続かなくて。

苦手、だと思ってた。

すぐ怒るし、口うるさいし。

怒らせたらいけないから、阿部といるとちょっと緊張した。


苦手だから、それなりにチームメイトとして普通に話せればいいと思ってた。

そんだけで…いいと思ってた。



…だけど。



「…水谷」

「…へ?あ…な、なに?」


昨日、阿部と三橋を見てから。

阿部が、三橋を見て笑っているのを見てから。


…胸の辺りが、ずっともやもやしてる。

阿部を刺激しないように、いつも意識してるけど。

今日はなんだか…違う感じに意識してる気がする。


「…何って。さっきからずっと呼んでんだけど?」


阿部が不機嫌そうな顔をする。

オレ、いつから呼ばれてたんだろ。全然気づかなかった。


「あ…ご、ごめんな。ちょっとボーッとしてた」


オレが慌てて謝ると、阿部は呆れたようにため息をついた。

この顔は、いつも見てる。

オレが練習とかでヘマすると、たいていこの顔。

試合でヘマしたときは…こんなもんじゃないけど。


「…お前、そんなだから走らされるんだぞ」

「え…あー…うん…」


昨日の、やっぱり見てたんだ。

阿部から昨日の話を持ち出されて、嫌でも思い出してしまう。

阿部の、三橋に見せた顔。


「しっかりしねぇと、レギュラー外されんだからな」

「わ…わかってるよ」


どうだか、と阿部は意地悪く笑った。

オレに見せるのはこんな顔ばかり。

いつもからかわれるかバカにされるか、そんな扱いだから。



…オレには見せてくんないのかな。



ふと、そんなふうに思った。

理由は分からない。

ただ…オレにもあんな顔、してくれたらいいのに。

そう思った。


「…水谷?」

「…ん、なんでもない」


黙り込んだオレを、阿部が不思議そうな顔で呼ぶ。

…そんなこと、阿部に言えるわけない。

オレにも、笑いかけてくれたらいいのに。

…大事な人を、見るみたいに。



…大事な、人を…?


オレ、何考えてんだろ。

これじゃまるで…。



「おい、水谷…」

「あー…ごめん、オレちょっと…」

「え…」


阿部の言葉を遮って、席を立つ。

心臓の音が、ドクドクと大きく響いてうるさい。

まるで…これじゃあまるで…。



オレは胸を押さえると教室を出た。

廊下をまっすぐに進んでいく。

顔が熱い。

阿部に気づかれなかっただろうか。



阿部隆也。

クラスメイトで、同じ野球部のメンバーで。


嫌われないよう、チームメイトとして仲良くしようと思ってた。

でも…。


阿部の大事な人になりたい。

オレは、そう思ったんだ。


オレの中の阿部に対する気持ちが。

少しずつ、少しずつ。

変わっていくような、気がした。

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