優しい指つれない君

□知らない君
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見上げた空には雲ひとつない。

今日は絶好の昼寝日和、だと思う。


「水谷ー!そっち行ったぞ!」

「…へ?」


空を見上げてボーッとしていたオレは、大きな声で現実に引き戻された。

オレのすぐ横をボールが勢いよく転がって通り過ぎていく。


「水谷っ!!」

「うわ…っ、ヤベぇ…!」


慌ててボールの後を追う。

背中にチームメイト達の視線を痛いほど感じながら。


「何やってんだ!練習中だぞ!」

「ごめんっ…ちょっとボーッとしてて…」


慌ててボールを拾い、一塁に返球する。

みんな呆れた顔だ。

…当たり前だけど。


「水谷君」

「…は、はいっ…!」


監督の鋭い視線がオレに向けられる。

頭を掴まれるんだろうか…それともケツバットされるんだろうか…。

考えただけで怖い。


「…ちょっとグラウンド、走っておいで」

「…へ?」

「ボーッとしちゃうのは、練習に集中できていないってことでしょ。走って気持ち切り替えてきて!」

「……」

「返事は?」

「…は…はぁー…い…」



ケツバットは免れたものの、オレはグラウンドを一人で走る羽目になった。

ちぇ…ちょっとボーッとしてただけなのにさ。

心の中で文句を言いつつ、オレは監督にせかされてグラウンドを走り始める。

はじめは呆れたようにオレの走る姿を見ていたチームメイトも、監督の声で再び練習を再開した。

ダラダラ走ってるといつまでも走らされそうだ。

オレは少しペースを上げて走り出した。



「…お…やってるな…」


阿部と三橋が投球練習をしている姿が見える。

相変わらずすげぇコントロールだ。

…努力、してんだろうな。


三橋の誕生日パーティの時にみしてもらったけど、三橋のコントロールは本当にすごかった。

オレには…とてもまねできそうにない。

野球は好きだけど…さ。


何気なく二人に視線を送りながら、その場を離れる。

ほんの一瞬、阿部がこっちを見た気がしたけど。

興味もない様子ですぐに視線を戻した。

…どうせ走らされてますよ。


阿部とは、同じクラスだけどそんなに話はしない。

チームメイトだし、全然話さないってわけじゃないけど。

花井を入れて三人で話すことしかない。

…阿部と二人じゃ、何話したらいいんだかわからない。

正直、気まずい。



二周目に入っても、監督は何も言ってこなかった。

…まだ足りない、ってことだろう。

結構スピード出してんのにな…。


仕方なくペースはそのままに走り続ける。



「…あれ…」


先ほどと同じように阿部と三橋の近くまで来る。

再び何気なく視線を向けると、投球練習は終わったのか二人並んで何か話している。


「……で、…だから」

「……っ…だ、よ…」


何を話しているのかは、俺のところまでは聞こえない。

投球についての話なんだろうか。

二人とも真剣な表情だ。

…三橋の方は、真剣というより緊張、か。

いつまでも見ているのがなんだか悪い気がして、オレは走るのに集中しようとした。


…そのとき。


「……え…」


オレは、一瞬目を疑った。


阿部が、笑っていたから。

…別に、阿部が笑ったところを見たことがないわけじゃなかった。

練習の合間でも、休憩時間でも。

笑うのは、別に珍しくない。

…だけど。



こんな笑い方は…知らない。


阿部は三橋の髪をわしわしと乱暴に撫で、呆れたように何か言っていた。

だけど、その顔はなんだかすごく優しくて。

まるで…すごく大事な人を見ているような。

そんな、顔だった。


…あんな風に、笑うんだ。

阿部でも…あんな風に…。


オレは、自分でも理解できないくらい戸惑っていた。混乱していた。

何にこんなに動揺してるんだろう。

どうしてこんなに…胸がもやもやするんだろう。

胸に重いものをのせられたようで、息が苦しい。


それ以上見ていたくなくて、オレは走るペースを速めた。



そのおかげか、監督は2周したオレを呼ぶと練習に入るよう指示した。

集中するために走らされたけれど…走る前より集中できなかった。

頭の中にさっきの阿部の表情が何度も浮かぶ。


あんな顔…オレは見たことない。

三橋にだけ…見せるんだろうか。


そう考えたら、胸がちくりと痛んだ。

こんなことは、今までなかった。


胸の痛みは、練習が終わってもそのまま消えることはなかった。







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