abemizu 100

□008 溺れるカラダ
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その温もりを知ってしまったときから。

少しでも長く触れていたくて。傍にいたくて。


こういうのを…溺れてるっていうんだろうか。




「あーべ」

「…んだよ」

「別にー、呼んだだけ」

「…くっついてくんな、暑苦しい」




ふざけてくっついてくるその体温にさえ、身体が熱くなる感覚を覚える。

平静を装ってはみるものの、口をついて出る言葉は突き放すように素っ気無い。

当然、くっついてきた本人は不機嫌になる。



「ちぇ…冷たい」

「……」



こっちは必死で抑えているというのに、そんなこと全く気づいていない。

触れたい、なんて。

…絶対に口に出しては言わないけど。




「阿部ってさぁ…ほんとにオレのこと好きなの?」

「…いきなりなんだよ」

「だってさぁ…オレに対して冷たいし」



帰り道。水谷がふと何かを思い出したかのように呟いた。



水谷がオレの考えてることを知ったらどう思うだろうか。

きっとオレらしくない、なんて言うに違いない。

軽蔑…するだろうか、もしかして。




「……くだんねぇ」

「あー…またそれ」




オレの答えが気に入らないらしく、水谷はがっかりした様子でため息をついた。

その顔が、一瞬泣きそうに見えてギクッとする。


こんな会話は、今に始まったことじゃない。

傷ついたりすることはないと思ってた。




「……水谷?」

「……キライじゃないなら…オレにくっつかれんのがイヤ…?」

「…なに…言ってんだよ」




そう言って、水谷はそれきり黙りこんでしまった。

こちらへ視線は向けない。

…泣くのを堪えているのかもしれない。




「……おさえ…らんなくなるから…だよ…」

「……え…?」




気づいたら、思わず呟いていた。

水谷が不思議そうにこちらを見る。


顔が熱い。赤くなっているかもしれない。

それを隠すように顔を逸らして、オレは続けた。




「…お前とくっつくと……その…もっと…」

「…もっと…?」

「…っ、さわりたくなんだよ!」

「……」




しばらくの沈黙。

水谷の方を見れなくて、オレは顔を逸らしたままじっとしていた。

軽蔑しただろうか…それとも…。




「……ほんとに?」



少しして、水谷がぽつりと小さく呟いた。

肯定するように、黙って大きく頷いてみせる。

顔を逸らしているので水谷がどんな顔をしているかは分からない。

ただ…その声からは軽蔑している様子は感じられない。



不意に、腕に誰かの体温を感じた。

誰か…なんて、見なくても分かる。

心地よい、体温。



「…別におさえなくていーのに…」

「…え…」



水谷の言葉に思わず顔を向けると。


すぐ傍に、照れたように顔を赤くして…それでも嬉しそうに笑みを浮かべた水谷の顔があった。



「オレも…おんなじだから…」

「……」

「オレも、阿部にさわりたくて…さわってもらいたくて、いっぱいいっぱいなんだよ」



阿部に、溺れてるんだ。


水谷はそう言って悪戯っぽく笑った。



…オレも。

照れながらそう告げる。

どちらからともなく、唇が重なる。

その瞬間に…まわりの音も、景色も、すべてなくなって。

水谷しか、見えなくなる。




心も、身体も。

水谷に、溺れてる。




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お題008番「溺れるカラダ」です。
んー…結局普通にほのぼのになってしまいました(笑)
なんだか裏要素ありそうなお題だったのに…すみません;





 

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