abemizu 100

□004 ホントはね。
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「なー、花井ってば」

「あー…もう、分かったよ。分かった」

「え、ほんと?マジで?」

「お前には負けたよ…ほら、こっからお前があたるとこな」

「やった!ありがと花井、大好き!」



こんなやりとりは、今に始まったことじゃない。

大好き、好き。

水谷の大好きは、誰にでも与えられるものだから。
そんな特別な意味はない。


「阿部もあたるんだろ?ほら、花井がみしてくれるってさ」

「……オレはいい」


…分かってはいても、面白くない。


「…阿部?何怒ってんのさ」

「…別に。オレ便所」


不思議そうにしている水谷を置いて、オレは教室を出た。

これ以上話してると言わなくていいことを言ってしまいそうな気がして。



「…はぁ…」


便所から出て教室へ向かう廊下を歩く。自然と歩みが鈍くなる。

…他のヤツと同じ重みなんだろうか。


…オレに対する、大好きも。



「…あ、阿部!」


いくらゆっくりと歩いたって、便所から教室までなんてあっという間だ。

教室に着き、ドアを開けると水谷が真っ先に駆け寄ってきた。

顔を見るのも気まずくて、視線を逸らす。


「…具合でも、悪い?」

「…いや…何でもない」


心配そうな声。オレの考えてることなんて、水谷は知りもしない。

考えたこともないんだろう。

水谷にとっては、「好き」なんてたくさんあって。

オレ以外にも、「大好き」はたくさんあって…。


…別に、オレじゃなくてもいいんだろ。

言ってしまいそうになって緩く首を振る。


「でも…なんか、ヘンだよ」

「普通だって…気にしなくていい」


こんな気持ち、水谷には気づかれたくない。

こんな情けないオレは、知られたくない。


「…阿部、ちょっと」

「え…」


黙って俯いたオレの手を、水谷が引いた。

戸惑うオレを引っ張るようにして教室を出る。



「…おい、授業始まる…」

「今はそれどころじゃないだろ」


オレの言葉をさえぎって言うと、水谷はずんずんと歩いていく。

引っ張られている手が、熱い。

なぜだか、泣きそうになってオレは下を向いた。



屋上までまっすぐにやってくると、水谷は立ち止まった。

じっとこちらを見つめている。顔を上げなくたってそれを感じた。


「…阿部」

「……んだよ…」


普段通りに返したつもりだったのに、声が掠れた。

こんなんじゃ、水谷がいくら鈍くても気づいてしまうだろう。

…こんな情けないオレは、いらないのに。


「…どうしたの。さっきからヘンだよ、やっぱり」

「……」

「…花井に宿題みしてもらったの…やだった?」

「……」


声が出なくて、ただ首を振った。

俯いたまま、駄々をこねる子供みたいに。


「じゃあ何が気に入らないの?」

「……」

「黙ってたらわかんないじゃん」


…何を言えばいいっていうんだ。

オレ以外のヤツに「好き」なんて言うな。

そんなこと…いえるわけない。

水谷の「好き」はたくさんあって…オレだけの言葉じゃない。



「阿部…オレが好き?」

「……え…」


水谷の言葉に思わず顔を上げる。

その表情を見て、しまったと思った。


「……オレは…阿部が大好きだよ…」

「…水谷…」

「…阿部がいてくれたら…オレ、ほかになんにもいらないんだ…」

「……」

「だから…オレを見てよ…」


頬を伝う涙を見て、胸が痛んだ。

何を気にしていたんだろう。言葉なんて、どうだっていいのに。


「…ごめん…」


小さく呟くと、震える水谷の手を強く握り返す。

その手を引き寄せて、間近にきた水谷を抱きしめた。


「水谷…ごめんな…」


耳元で囁くと、水谷は涙を拭いて小さく頷いた。


ほんとは…オレ以外の誰にも「好き」なんて言ってほしくないけど…。

水谷の一番は、オレだけのものだから。

今はそれだけでいいか…と思った。

今はそれで…我慢してやる。




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お題004番、「ホントはね。」です。
気づいたらお題入ってからずっと阿部視点(笑)
阿部視点の方が書きやすい気がします。水谷は阿部に気持ち隠したりしてなさそうだから。

今回はちょっぴり水阿風になりました。…なんか阿部が可愛くて(笑)阿水は幼い愛って感じがします。阿部はかっこいいけれどやっぱりまだ子供で、いっぱい悩んでて。
だから二人とも可愛かったりかっこよかったりして、そんなところが好きです。

…いつか阿水について語ったりしてみたい(笑)

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