abemizu 100

□003お残し厳禁!
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別に、深い意味があって言ったわけじゃなかった。

手作りのケーキを手に幸せそうにしているクラスの女子。

彼氏にあげるのだという彼女を見ていて、ふと思っただけだ。


「…ああいうの、もらったらやっぱ嬉しいもんなんだろうな」

別に、欲しいと思ったわけじゃない。

甘いもんは嫌いだし…第一、知らないヤツが作った菓子なんて食う気にならないし。

だから…なんとなく言っただけだった。

…はずなんだけど。



「…はい、阿部」

「……なんだよ」


部活終わりの帰り道。

いつも別れる道で、水谷は自転車を停めた。

自転車から降りると、鞄から紙袋を取り出す。

それをオレの目の前に差し出してきた。


「…なんだ、これ」

「いーから。受け取ってよ」


どこか恥ずかしそうに、投げやりな感じで言うと水谷はオレにその袋を押し付けてきた。

仕方なくそれを受け取る。


「…オレにくれんの?」

「……」

そう問うと、黙って頷く。

会話が続かないので、オレは袋の口から中を覗き込んだ。

中にはクッキーが入っていた。

暗くてあまりはっきりとは分からないが…どう見ても店で売っているものではない。

それに…なんだか形がガタガタだ。


「…これ、どうしたんだよ?」

「……」

さらに問いかけてみるも、相変わらず水谷は黙ったままだ。


「クラスの女子にもらった、とかか?」

「…んなわけないだろ…そんなの、阿部にやるかよ」


確かに…そういうことならわざわざ帰り際にオレに渡すわけがない。

だとしたら…。


「……まさか…お前が作った…とか…?」

「……」

オレの問いに、水谷の顔が微かに赤くなったように見えた。そうして、気まずそうに視線を逸らす。

…当たり、みたいだ。


「わざわざ作ったのかよ?オレのために?」


なんで、と続けて問おうとして、ふとこの間のことを思い出した。

クラスの女子が嬉しそうに話していた姿。手作りのケーキ。

…オレを喜ばそうとして…?


「…水谷」

「…あー…うん、わかってる。やっぱ微妙だったよな?」


オレの言葉をさえぎるように、水谷はそう言って情けなさそうに笑った。


「男なのにさ、手作りのお菓子とかさ…気持ち悪いよな、やっぱ」


ごめんな、と笑いながら言う水谷の顔をじっと見つめる。

笑っているけれど、無理をしているのだとすぐに分かる。


「……」

「食わなくていーよ、返して」


黙っていると笑った表情のまま、こちらへ手を伸ばしてくる。

その手を、黙って強く引く。


「…ッ、わ…!」


バランスをくずしかけた水谷を、片方の手で抱き寄せる。


「……サンキュ」


何が起こったのかわからず混乱する水谷の頭を引き寄せて、そっと耳元に囁いた。

ピクッと水谷の身体が微かに揺れた。


「……すげぇ嬉しい」


さらに囁くように告げると、抱き寄せた身体が小刻みに震えだした。


「…作るの、大変だったんじゃねぇ?」


黙っている水谷の髪をそっと撫でながら問うと、小さく頭を動かし頷いた。


「…ねーちゃんに…教えてもらって、作った」

「…そっか。ヘンに思われたりしなかった?」


ゆっくり顔をあげると、水谷は困ったように笑って…思われた、と肩を竦めた。

…なんてごまかしたんだろう。

水谷のことだから、苦しい言い訳をしたに違いない。

想像して思わず笑ってしまった。


「…クッキー…全部食ってよな」

思わず笑った俺に、笑うなよ、と不満げに告げてから身体を離し水谷は再び自転車に跨った。


「全部か…結構あるな、これ」


言われて改めて袋を見ると、袋の中にはかなりの量のクッキーが入っていた。

一人で食うのは結構大変そうだ。


「…阿部のために作ったんだから、全部食わなきゃダメだぞ」


一人で食うことを考えて若干気が重くなってしまったオレを横目に、水谷がボソッと呟いた。


「…わかったよ。頑張ってみる」

「絶対だかんな?」

仕方なく頷いたオレに、ビシッと人差し指をつきつける。


「…お残し厳禁、だかんなっ!」

「はいはい…」


今日からしばらくの間、一人でクッキーを食い続けることになりそうだ。

でもまぁ…水谷が作ったと思えば。


「…このクッキー、何味?」

「んーとね…愛の味。…なんつって」

「……バカ」




…なんだか、食えないこともないような気がした。





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お題003番、「お残し厳禁!」です。
なんかこのお題はかなり悩みました(笑)

どんな話にしたらいいか悩んだあげく…手作りのお菓子ネタに。

水谷のクッキーはきっといろんな形があって、ボコボコで…それでちょっと焦げたとことかもあって。
そんなクッキーだとすごくいい感じだと思います(笑)
きっと阿部は全部食べるの苦労したはず…。

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