abemizu

□そのすべてを、僕に
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[設定]25歳、社会人の二人。

若干描写有。2ページあります


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その日はなんだか、いつもと違う何かがありそうな予感がしていた。



「……阿部…?」

「…水谷…」



会社の同僚達と、週末たまに行く居酒屋。

最初に声をかけてきたのは水谷の方だった。



「うわ…すっげぇ久しぶりじゃん!元気だった?」



昔と変わらない、柔らかそうな薄茶の髪。

高校の頃より少し長めで、大人びた印象を受ける。

身長は比べなくても分かるくらい、オレの方が随分高い。

あれからほとんど伸びなかったのかもしれない。



「阿部、会社このへんなの?」

「…あぁ。ちょい行ったとこ」

「そうなんだー。オレも結構近くなんだよ」



久しぶりの再会に、嬉しそうに話す水谷を眺めて相槌を打つ。

よく喋る、よく笑う。

明るい性格は昔と変わらない。

…誰にでも見せる、当たり障りのない笑顔。



「それにしても、ほんと久しぶりだよね。高校出てから一度も

会ってないもんなぁ…」

「そうだな…」

「ほかのヤツとは会ってんの?三橋とかさ」

「いや…会ってない。水谷は?」

「んー…オレも会ってないかも。ほら、大学県外出ちゃったじゃん」



水谷の話を聞きながら、その言葉に隠れた嘘に少し苛ついた。


…会ってないわけがない。

アイツとずっと付き合ってたんだから。



「……巣山と…同じ大学だったんだろ」



思わず呟いた言葉に、水谷の話が止まる。

しまったと思ったけれど、水谷の反応は意外なものだった。



「…実はさ、オレ大学中退しちゃったんだ」

「え…」

「二年の時にね。だから、巣山にもそれきり会ってない」



なんでもないことのように言って、水谷は肩を竦めた。

高校を卒業してからずっと会っていないんだから、知らないのは当たり前だ。

…だけど。


大学でも、二人で仲良くやってるんだと思っていた。


どうして辞めたんだろう。

そんな疑問が顔に出ていたんだろうか、水谷は困ったように笑った。

そうして、一緒に来ていた男に先に帰ってて、と声をかけた。

ちょうど帰るところだったんだろう。

会社の同僚だろうか…同い年くらいに見える男はオレに軽く頭を下げると店を出た。

同僚達に勝手に飲んでてくれと言いに戻り、オレと水谷は並んでカウンター席へ移動した。

今日は団体客が多いんだろうか、カウンター席はがらがらに空いていた。



「なんていうかさ…つまんなくなっちゃってさ」



生ビールを二つ注文してから、水谷が呟いた。

話の続きを促すように、黙って水谷の様子を見つめる。

すぐ傍にある水谷の顔。

その顔は、なんだか昔に比べて痩せたように見えた。

昔から、そんなにがっしりした体型ではなかったけれど…今はさらに細く、頼りない印象だ。

苦労…してきたのかもしれない。



「大学入って、しばらくは楽しくやってたんだ。バイトも始めてさ、サークルにも入って…」

「…」

「でも…なんだろうな、なんか何もかもつまんなくなって。そんで、二年の夏に」

「…辞めたのか」

「…そう。そんで、しばらくあっちで就活したりバイトしたりしてた」



運ばれてきた生ビールのジョッキを、お互いに軽く持ち上げる。

乾杯、と水谷は笑って口をつけた。

ゴクゴク…と一気に半分くらい飲み干した。


水谷と酒を飲む日が来るなんて、昔は考えもしなかった。

不思議な感じがして、オレは少しの間水谷の様子を眺めていた。



「…阿部は?」

「…ん?」

「阿部は…どうしてたの、卒業してから」



ジョッキを置くと、水谷がオレの方へ顔を向ける。

注文した枝豆を意味もなく指で弄りつつ、口を開く。



「…大学行って、卒業した。そんで、会社に入った」

「それは大体分かるけど…そうじゃなくて、もっと詳しく」



オレの話を聞いて、水谷は少し不満そうな顔をした。

その後すぐに、阿部らしいけど、と言ってクスクス笑う。

変わらない笑顔。

あのころと…少しも変わらない。

水谷の笑顔に、先ほどまで少し苛立っていた気持ちが和んでいくのが分かった。


この感じ。

気持ちがあたたかくなるような…癒されるような。

水谷といるときにだけ、感じる気持ち。



「大学でどんなサークル入ってた、とかさ。どんなバイトしてたとか、さ」

「…サークルは入ってなかった。バイトは…ピザの配達」

「んー…じゃあさ、彼女は?彼女」



いたんでしょ、とからかうような笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。

こういう軽いとこも相変わらずだ。

いつだったか…バレンタインにクラスの女子からチョコをもらったことがあった。

そのときも、水谷はしつこく付き合うのか聞いてきた。



…オレがどんな気持ちでいたかなんて、お構いなしに。



「…いねぇよ」

「えー…ほんとにほんと?ウソくさいなぁ…」

「……お前こそどうなんだよ」

「…オレ?」

「いたんだろ、彼女」



昔と同じからかう笑みに、少しムカついたのかもしれない。


…聞いたって、本当の答えは聞けないに決まってる。

水谷がずっと付き合ってたのは…


ひとりだけ、だから。



「…オレもいないよ」



水谷は少し間をあけてからどこか困ったように笑った。

付き合っていたのが女じゃなかったことの気まずさか…

それとも…アイツと付き合っていたということの気まずさか。



「…じゃあ、今は」

「……え…?」

「今は、いるのか」

「…残念ながらいないよ」



水谷の答えに、どこか安堵した自分がいた。

その後ですぐ、そんな自分がバカらしく感じた。


水谷は…オレなんて、眼中にないんだ。


昔も、今も。



「阿部はいるの?今」



いつの間にか空になったジョッキを脇に退け、追加を頼みながら水谷が聞いた。


いない、と答えるのは…たぶん簡単だったと思う。



「…いるよ」



でもオレの口から出た言葉は、真実と逆だった。

意地なのか…見栄なのか…。

それとも、ずっと隠し続けてきた気持ちを忘れ去りたいのか。


その、どれなのかは分からない。

気がついたら、静かにそう答えていた。



「そっか…いるんだ。ちぇ…独りものはオレだけかぁ…」



水谷はオレの答えに少し意外そうに目を瞬かせたものの、すぐに笑っておどけた。



…ほらな。

別に、オレに彼女がいようといまいと。

水谷には…どうでもいいことで。


何の関係も…ないことで。



その後、あれこれと他愛のない話をした。

水谷は久しぶりの再会を喜んでいるようだった。



オレの心の中で、静かにゆっくりと…暗いものが蠢いていることなんて気づきもしないで。




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