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□カプチーノ
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[設定]大学生の二人。


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「ありがとうございましたー」

「水谷君、休憩どうぞ」

「あ、はい」



つけていたエプロンを外すと、休憩室のパイプ椅子に腰を下ろす。

思わずため息が洩れた。


このカフェでバイトをするようになって、一ヶ月。

少しは慣れてきたような気もするけど…普段と違うことがあると

すぐ頭が真っ白になってしまう。

今まで何度先輩に助けてもらったか分からない。



「はじめはそういうもんだよ、気にしないで」



みんなそう言ってくれるけれど…いつまでたっても足手まといな気がする。

そんな自分が情けない。


ここに来る前に買っておいたコンビニのおにぎりを齧りながら、

暇つぶしに携帯を開いた。



「…あ…」



珍しく、阿部からメールがきていた。

思わず顔が緩む。


阿部から先にメールが来ることは、結構珍しい。

たいてい、何か用事があるときとか約束がダメになった時だけだ。

しかも一行だったりとか、すごくそっけない。


今週は土日ともバイトが入ってしまったので、阿部に会いに行けない。

約束はしていないから、キャンセルのメールはない。


何か用事だろうか。



『カプチーノ、飲みたい』



メールを開くと、その一文。

用件はそれだけ。

やっぱり一行だった。



「…飲みたいって…オレにどうしろっての」



思わず声に出して呟く。

飲みたいなら飲めばいいのに。

…意味わかんない。


何て返事をすればいいか迷ったあげく、オレは返信せずに休憩を終えた。


自分はなかなか返事をよこさないくせに、オレがなかなか返信しないと

阿部は機嫌が悪くなる。


もしかしたらまた怒られるかもしれないな。

そんなことを考えながら、オレは椅子にかけてあったエプロンをつけた。





数分後。


もうオレの頭からメールのことは消えてしまっていた。

三時も過ぎて、店内はだいぶ落ち着いたようだ。

会計を終えた客を見送って、オレがホッと息をついたとき。


ちりりん、とドアのベルが鳴った。



「いらっしゃいま…」



せ、と笑顔を向けたところで、入ってきた客を見てオレは固まった。



寒いのに相変わらず昔と変わらないツンツンの黒の短髪。

黒いコートに、ぐるぐるに巻いたマフラー。

意地の悪い笑みを浮べた、見慣れた顔。



「……何…してんの」

「…何って…お客に対してそれはねぇだろ。お茶しに来てやったんだよ」

「…そういう意味じゃ…」

「メール見てないのかよ?カプチーノ、注文したろ」




阿部の言葉に先ほどのメールを思い出す。


『カプチーノ、飲みたい』


あれはそういう意味だったのか。



「か、カプチーノ飲みにわざわざこっち来たの!?」

「…そーだけど?おら、さっさと席に案内しろよ」

「……」



カプチーノのために、わざわざ電車で?

つっこもうと思ったけれど、席を案内しながらちらりと横目で見た阿部の顔…

その顔が、いつもの不機嫌そうな決まり悪そうな顔だったから…やめておいた。


カプチーノなんて、そんなの口実で。


…会いに来て、くれたんだ。



バイト中なのを忘れて、思わず抱きつきそうになった。




「……その姿、結構似合うな」

「…ほんと?」

「…うん。結構ソソる」

「ば、バカ…何言ってんの」

「クク…耳真っ赤」

「阿部のバカ…」



思わず赤くなってしまったオレを見て、阿部は楽しそうに笑っている。


からかいに、来たのかもしれない…もしかしたら。



でも…まぁいいや。

会いに来てくれたことに変わりないから。



店いちばんの、美味しいカプチーノ。

作ってきてやるか。





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