拍手のお話

□悲恋シリーズ
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 戸部 新左ヱ門



「何をしているんだ、今日は冷えるぞ」

『あ、戸部先生・・・』


縁側に座って月を眺めていた顔をふと上げると
きりっとした顔の戸部先生が立っていた
私にそう問い掛けると
戸部先生はすとん、と私の隣に座って来た


『別に何も、』


そう言うのが精一杯で
胸が詰まりそうになりながら声を出した
いっそのこと声なんて出なければよかった、とさえ思った


今は、貴方に
会いたくなんか、なかった


「・・・そうか」


そうか、とだけ返して
戸部先生は黙った
私また何も言わないで月を見上げた
凍り付いたような月だった
凍てつくような寒さの中
戸部先生も何も言わずに
いや、何も言えずに
ただただ
月を見上げていた

分かっている。
戸部先生が何も言ってはくれない事くらい
でも、貴方の口から好きだと言って欲しかった
あんな
拒絶の言葉じゃなくて
もっと
甘い言葉が欲しかった


『戸部先生・・・』

「・・・」


そっと体を横に倒して
戸部先生の肩にもたれかかった


「私は・・・」

『いいの、』

「・・・・」

『いいの、先生っ、何も言わないで・・・』


凍り付いたような月も
静かに溶けだして
私の目に流れ着いた
私が涙を零しても
何も言わずに
ただただ、輝いていた

先生が好き
今は、何も言わなくていい

違う、何も言わないで


.
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