言葉にできないしあわせを

□土井先生の家(中編)
4ページ/7ページ




『おはようございます』

「おはようございまーす」



きり丸くんと洗濯をするために中庭の井戸のある方へ行くと、おばちゃんたちはもう何人か集まって洗濯をしているのが見えた。



「ああ、おはよう。」

「早いねえ、えらいえらい!」

「きり丸はまたそんな大荷物で、アルバイトかい?」

「そうでーす!」



きり丸くんは大きく膨らんだ風呂敷を広げて洗濯物を取り出すと、慣れた手つきでせっせと洗濯物を洗い始めている。
日々のアルバイトで数をこなしている所為か、私なんかよりも断然手際がいいのではないか。



「でさ、名前ちゃん」

『はい?』

「半助は、どうなんだい?」

『えっ?』

「そうそう馴れ初め話、聞こうと思ってたんだよ」



そう話す近所のおばちゃんたちの目は、いかにも興味津々といった様子だ。
馴れ初めって、土井先生と始めて会った時のこと…?



『どい…じゃなくて、半助さんは他の先生から紹介して頂いた時にお話して』

「土井先生どんな印象でしたか?」

『え?えっと、明るくて優しい人だなあって…』

「ふうーん」

『一年は組のこと、とっても嬉しそうに話してくれたよ』



そう。
初めて土井先生に会った時はこんなに若くても先生になれるような人だから
きっと厳しかったり、愛想がないような人なんだろうなって思ってたけど。
土井半助です、と私みたいに少し緊張しながら自己紹介してくれた時の先生の笑顔は今になっても忘れない。
誰よりも明るくて優しい笑顔で、初めてで緊張していた私にはとってもいい印象だった。
自分は一年は組の授業を担当していてとか、一年は組はアホのは組とか呼ばれているけどとってもいい子達なんですとか
人見知りなんてしないもんだからきっと名前さんとも仲良くなれます、とか色々教えてくれて。
私も早くそんな子達に会いたいな、って思ったことを思い出す。



「でも、先生って怒ると怖いんですよ?」

『厳しいけど優しい半助さんが、いちばん…その、…かっこいいなあって思う、よ…?』



ああああ…、恥ずかしい。
きり丸くんになんてこと言ってるんだろう。
自分で言っておいて、あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になってしまう。
きり丸くんはそれを聞いて何恥ずかしいこと言ってるんですかと言うわけでもなく、よかったと言って笑顔になってくれたが
傍らから見れば何を言っているんだコイツは、って思っちゃうよ。



「やだね〜もう、半助ったらほんとにいい子を掴まえたよ。」

「もう結婚は駄目なんじゃないかと心配したけど、ねえ?」

「でも、他の男がほっとかないでしょうに」

『いいえ、そんな事まったく…!』



男の人とこういう関係になったのは初めてだし…!
こんな風に良くしてもらえたのだって初めてのことだし…!
土井先生に好意を持つ、もっと可愛くて綺麗で気立てのいい人は探したらいくらでも出てくるんだろうな、って今でも思う。
私なんかでよかったのかなあ…。
うう…そんなこと自分で考えても悲しくなる。



「そうなのかい?きり丸」

「名前さんは優しいからみんな好きですよ、うーんそうだなあ…」

『えっ、ちょっ、きり丸くん…!』

「水軍の人たちとかー」

「いいじゃないか、海の男は浮気なんてしなさそうだものね」

「なんちゃって剣豪とかー」

「んー、本物の剣豪になってくれたなら頼もしいけどねえ」

「馬借とかー」

「そうだねえ、嫁ぐにはいいんじゃないかい?」

「火縄銃の名手とかー」

「そんな男、私が捕まえたいくらいだわ!」



きり丸くんはお世辞が上手いからなあ…。
水軍の人たちは、一年は組のみんなのおかげで仲良くしてもらってるようなものだし。
牧之介さんだって、倒れていて介抱してあげたのがきっかけで知り合っただけだし。
清八さんは団蔵くんが紹介してくれて、少しだけお話が出来たくらいだし。
照星さんには道案内しか出来なかったし。
私はそんないい人たちに好かれるようなこと出来てないもん…。



「あとエリート忍者も!」

「あ!もしかしてあのイケメンの子じゃない?」

「ああっ、ああ言う子だったら満足だよ」



あんな子が息子になってくれたら鼻が高いよ、と盛り上がるおばちゃん達。
利吉さんの事…?
利吉さんは私よりもずっと年下だから、頭もいいし才能がある弟って感じだ。
それに第一私なんかじゃつり合わないと思う。
山田先生だって自慢の息子さんを、良いとこのお嬢さんと結婚させたいはずだ。



「でもねえ、半助ったら奥手だから」

「顔はまあまあいいけど…あの性格じゃ大変だろう、ね?」

『そ、そんなこと…!』



確かに、土井先生はあんまり言葉にして言ってくれない…。

本当は手だってもっと繋ぎたいし…。

え、えっと、…す、好きだよ、とか…?

もうちょっと、言って欲しいって気持ちはあるけど…。

私だって自分から出来てないからな…。



「こうなったら色仕掛けしかないね…!」

「若い頃を思い出すよ〜」

『…む、むりですよう』



色仕掛けなんて私にはとってもじゃないけど出来そうにない。
土井先生だってそんなことされたら、びっくりしちゃうよ…!
もっといいアドバイス、ないのかなあ…。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ