言葉にできないしあわせを

□土井先生の家(中編)
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「ご馳走さま」

「名前さん、ごちそうさまでした〜」

『はい、お粗末さまでした』



朝から名前さんにとんでもない事をしてしまって…申し訳なかった。
しかし、その原因である夢の内容は名前さんにはとんでもないけど言えない…。


きり丸に何回もせかされて目の前に居る名前さんを勢い良く抱きしめて
思い切って愛してるよ、と言う夢だったなんて…口が裂けてもいえない!


まさか体まで動いて目の前に居た名前さんを実際に引き寄せて抱きしめていたなんて…本当になんて言い訳すればいいのやら。
きり丸にもバッチリ見られてしまったし…。
一年は組や学園中にそんな噂が流れるのも時間の問題だ。
ああ…また山田先生に積極的じゃないか!とか言われて、い組の安藤先生にも嫌味交じりにからかわれてしまうかもしれない…。
しかしそんなことにも関らず、名前さんは朝食を早くから準備してくれていたらしく
私が着替え終わったらすぐに、温かいご飯を笑顔で出してくれた。
食べ終わってお茶を飲んでいる間に夢のことを思い出した私は、一人気恥ずかしくなったので
半ば逃げるように、自分の食べ終わった食器を運んで行くと、ちょうど戸の外でおばちゃんが私の名を呼ぶ声が聞こえた。



「半助〜!」

「え?あっ、はい!」

「今日はドブ掃除の日だからね!支度しとくんだよ」

「あ、はい、すぐに行きます!」



今日は一日中ドブ掃除か…久しぶりだな。
今まで参加していなかった分、おばちゃんたちにはこき使われるんだろうな…。
おばちゃんばかりで若くて力のある男って言ったら、この辺りじゃ私くらいしか居ないし…って私だってそんなに若ないか。
そう自分で思ったことに悲しくなって、ため息を付きながら
ドブ掃除に向かうための身支度をし終わったとき
名前さんと、大きな風呂敷を持ったきり丸が私のもとへやってきた。



「先生!土井先生!」

「なんだ?」

『洗い物出してくださいって言いに来ました』

「えええっ!い、いいんですか…?」

『はい、やらせてください』



にこ、といつものように優しく笑ってくれる名前さん。
洗濯物までしてくれるなんて、いいのだろうか…。
とは言っても名前さんに男物の洗濯なんてやらせたくない、と思い遠慮すると。



『きり丸くんも一緒にお洗濯するから、って』

「僕も、手伝いますっ!」

「お前はアルバイトだろ…」

「えへへ〜」



大きな風呂敷の中身はたぶん、名前さんやきり丸自身の洗濯物ではないはず…。
きり丸が食事の後にすぐ居なくなったので、もしや…と思っていが
こんなに早く洗濯物のアルバイトを探し集めてきてしまうなんて、一種の才能だな。
これなら二枚や三枚あったって変わらないか…。



「じゃあ、すみませんが持って来ますね」

「半助!アンタ、今着ているのを洗ってもらいなさいよ」

「ええっ!?これですか?」

「ドブ掃除で汚れるだろうから、私の主人のをやろうと思ってたんだよ」

「あ、ありがとうございますっ」

『じゃあ、待ってますね』

「はい、すぐ着替えますから」









『わあ、とってもお似合いです!』

「い、いえっ、私なんかには派手すぎるかなって」

『うふふ、そんなことないですよ』



昔は女物の着物を着ろなんて無茶言われて、ひどいと思った時もあったが
今回おばちゃんが用意してくれたのは、ご主人が若い頃着ていた服だと言う。
ドブ掃除に着ていくには勿体無いくらい、私の服より良いものだった。
明るくて若々しいもんだから私には似合わないかもしれないけれど、名前さんが褒めてくれたから…いいか。
今まで着ていた服を彼女に渡すと、その光景がなんだかもう夫婦みたいで気恥ずかしい。
私の洗濯物を持ってきり丸と井戸の方に向かう名前さんをぼーっと見つめていると、おばちゃんにポンと肩を叩かれて後ろを向いた。



「アンタ、昨日はどうだったんだい?」

「え?…昨日?」

「なーにすっとぼけてるんだい?」

「名前ちゃん可愛いからねえ!」

「朝も騒がしくて、仲いいと思ってたのよ〜」

「おっ、おばちゃん…!」



何をそんなに、にやにや笑ってるんですか…!!



「今夜はきり丸預かっておこうか?」

「よよよよ余計なお世話ですッ!!」

「焦っちゃって、もーあんたって子は!」

「なんだい、ますます怪しいじゃないか〜」

「もう、違うんですってばあ!」



噂話が大好きなおばちゃんたちの誤解を解くまでには、だいぶ時間がかかりそうだ…。



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