言葉にできないしあわせを
□土井先生の家(前編)
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「こ、ここが、我が家です…!」
『わあ、ここですか!大きいじゃないですか』
「いいえ、しんべヱの家なんかに比べたらものすごーく!小さいですよ!」
「きり丸…お前が言うな、お前が。」
遅くに出発したため、もう日も暮れかけていた。
近所のおばちゃん達も明日になったら色々聞くから覚悟しておきなさいよ、と言いながら開放してくれた。
少し経ってから急いで戻ってきたきり丸だが
どこで何を手に入れてきたのだろうか、大きく膨らんだ風呂敷を背負っている。
それと、外見を見て少し期待してしまっているような名前さんをがっかりさせたくはないのだけれど…。
どうしたって見せなくてはいけないのだ、と思い切って戸を開けると…。
うん…、これと言って何もない
「必要最低限のものしかないですから、殺風景ですけど…」
『いいえっ、こんなにいいお家なのにあんまり帰っていないなんて勿体無いです…』
「はい、ちょくちょく帰ってこれたらいいんですがね…大家さんにも言われます」
そうやって久しぶりに我が家に入る。
何かと狭いとか汚いとか何もないとか、散々言ってはいるが…やっぱり一番落ち着くのもここだなあと思って腰掛けると
きり丸が先ほど近所のおばちゃん達から色々頂戴した物が入っているのであろう風呂敷を広げた。
「よいしょー!」
『わあ、それってイナゴ?』
「はい!分けてもらいました!食べ頃です!」
「き、きり丸〜、さすがに今日イナゴって言うのは…」
虫かごのようなものに入っている見慣れたイナゴに目がいった
まさか、名前さんにイナゴご飯を食べさせるわけにはいかない…。
『佃煮にしよっか、きっと美味しいよ』
「わあっ、佃煮っすか!」
『うん、どうかな。』
「最高です!」
佃煮にする、なんて言葉今まできり丸から聞いたことがあっただろうか。
食べられるものなら何でもかんでも入れるから、イナゴだけでなく芋虫やらカマキリやらが入った雑炊にも慣れてしまった自分が悲しい。
佃煮、素晴らしい料理ではないか!
「米も野菜も貰いました!もう沢山!」
「お、お前…、一体何を話してきたんだ…!」
「ほんの少しだけですよ、少しだけ!」
少しの話であの近所のおばちゃん達からこんなにもらえるわけないだろ…!
そう怒ってやりたいが、今は我慢だ…せっかく贅沢な食事が待っていると言うのだから。
『嬉しい、ありがとうきり丸くん』
「いいえ〜!名前さんのおかげですっ」
『ええ?…なんで?』
「ま、まあ、これだけあれば…二日は困らないしな!」
私達のことが筒抜けになっているかもしれない、という状況を知らない名前さん。
どうかこのまま何も起らなければいいのだが…。
こんなに沢山貰ったんだもんな…明日にでも色々聞かれるよなあと笑いながらため息をつく。
『じゃあ、早速作り始めましょうか?お台所お借りしますね』
「あ、はい!お願いします」
ささっと割烹着を準備する名前さん。
割烹着を着ているところなんて学園じゃ見ないから、なんだかじーんときた。
それを見ていた私を尻目に何故かそろそろと音を立てずに出て行こうとする、きり丸。
「…じゃ、じゃあ僕はその間アルバイトでも」
「…マテ。きり丸」
「は、はい…?」
「おばちゃん達に何を言い触らしてきたんだ…!」
「えっーと…学園での生活とか…?」
「お前ってヤツは…!」
「だって……。」
さっきの元気は何処へやら、一気にしゅんと落ち込んでしまったきり丸。
別に叱ろうとか泣かせようとか、そんなつもりじゃなかった。
せっかくだから今日くらいは元気でいて欲しい。
「……今日はもう遅いから、明日にしろ」
「…はい!」
私が怒らなかったからか、元気が戻ったきり丸は
履物を脱いで私の隣に正座をすると名前さんを見てそわそわとしていた。
いつもは料理だってきり丸がやってくれるもんな
名前さんが居て嬉しいんだろうな、きっと。
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