カランカラン。
会社と家との丁度中間辺りにあるバーのドアを開けると、いつもと同じ音がする。
もうすっかり顔馴染みになったマスターといつもの席。
そう思いながら店内を見渡すと、そのいつもの席に男性の背中が見える。
マスターと目線を合わせると、申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
仕方がないので、そのいつもの席から少し離れたカウンター席に腰掛けた。
「マスター、いつ…」
「おねーさんにいつものテキーラ・サンセットを」
声を被せてきたのは、いつもの席に座っている彼だった。
マスターはまた私に色々含みを持たせた笑みを浮かべてからシェイカーに材料を入れて、シャッカシャッカと軽快な音をたてながらシェイカーを振り始める。
どうぞ、とマスターからカクテルが差し出された時には、彼は私の隣の席に腰掛けていた。
「私、人待ってるので」
「うっそだー。俺、知ってるよ。おねーさんが一昨日も七日前もその前もアノ席で一人でいたの」
そういつもの席を指差して、ニッコニッコと笑っているその姿はあまりにも胡散臭い。
「おねーさんが頼むのって、慰めてって意味があるの知ってる?」
胡散臭い笑みから一転、彼は真剣な面持ちで私を覗き込む。
「っ」
彼の瞳はなんだかすべてを吸い込んでしまいそうで、私は彼から目線を反らした。
「俺はおねーさんにロブ・ロイを捧げたいけどね」
彼の告白に合わせて、カクテルに入った氷がカランと揺れた。
それは、まるで私の心のように。
反らした目線からは彼の表情は見えない。
でも、声が、雰囲気が、柔らかく笑っていた。
私はいたたまれなくなって、カクテルをくいっと飲み干して、席を立つ。
「マスター、ご馳走さま。彼にブルームーンを」
お金をその場に出してからバーを後にする。
胡散臭いのに、もう、私はあの瞳からは逃げられないかもしれない。
いや、きっと逃れられない。
ああ、夏も終わりだというのに顔も体も熱い。
(くすくす。マスター見た?顔真っ赤)
(あんまりからかっちゃダメですよ)
(からかってないかいないよ。…ただ、本気なだけさ)