短編

□怪奇
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私は黒主月。
どうやら死んでしまったらしい。
ベッドの上には、私の肉体が寝ている。
ただでさえ肌が白い事を気にしているのに、青白い顔。
いつも兄妹達に死人とからかわれている私だけど、さすがに納得してしまう。
証拠に私は息を止めていた。


「おーい、トンマ起きろ」

ドアの向こうから長男のダルそうな声が聞こえた。
零は私をトンマと馬鹿にする。
まぬけと言えばいいものの、あえてトンマと言い直す。
私の頭でもそれぐらい分かるし。
長男は家族で唯一できの悪い私が嫌いなんだと思う。
足手まといというやつだろう。
私はムカッとし、いつものように声を張り上げた。

「……誰がトンマだ!今、い――」


「学校遅れても知らねぇぞ。このトンマ、グズ、タコ」


あ……、聞こえない。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
私は幽霊だった。
当たり前だが、幽霊の声は聞こえるはずない。


「零、まだアイツ起きないの?」
「起きないの〜?」


ハッと意識が戻った。
朝から声の通る次男と三男は、世間で名の知れたアイドル。
天使みたいな双子だと騒がれているが、悪魔だよ。


「あ?ああ。拓麻と千里、お前らが起こしに行け」


「えー、やだよ。遅刻させたら面白いよ」

次男の拓麻は楽しい事が好きで、よくバラエティー番組に出ている。
人当たりが良いためか、家では芸人が出入りしている。


「面白いよ〜」

三男の千里は拓麻がすることを真似るほどブラコン。
内気だけど、拓麻のこととなると強気になる。
そんな2人に共通しているところは三度の飯より悪事が好き。


「零、過保護だね」

「過保護だね〜」

「あーん?俺が何でトンマなんかを。第一、こっちは迷惑かけられて参ってるんだよ」


階段の下から3人のわめき声がする。

くそ、もし生きていたら私も喧嘩に参加するのに。
私に対しての罵声が酷くなるにつれて、心がもんもんしてきた。


「別に死んでもいいみたい」

……ていうか、誰でもいいから誰か私を見つけてくれないだろうか。
その時、コンコンとドアがノックされた。
やっと着たか。


「月お姉ちゃん、入るよ」

「どうぞ」

ガチャ、とタイミングよくドアが開いた。
ゆっくり開いた先には、私の妹が眉をつり上げていた。


「ちょっと、ご飯冷めるから早く起きて食べてよ」


妹の名前は優姫。
中学1年で、ミス黒主学園中等部の1位に選ばれ知らない者はいないほど有名人。
亡き母の代わりに黒主家の家事全般を仕切る。
オシャレが好きで食費を削ってまで高い服を買った前科あり。
それで、私に濡れ衣を着せた。



「ったく、強行突破!」


優姫は私の胸ぐらを掴んだ。首がガクガク揺れている。


「起きろー!」


私は慌てて優姫の肩を掴んだ。
しかし、スカッとすり抜けてしまった。
無言で片手を握りしめた。


「優姫、それ以上やったら死ぬから。もう、死んでるけど」



そろそろ自虐ネタはつき、私はベッドに腰かけた。
いまだ、階段の下から3人のうるさい声がする。
妹は私を起こそうと必死。
そういえば、何で私は死んだのだろう。
思い返せば、どこも悪くないし、むしろ健康だった。
さらに頭を抱えて唸る。


「思い出せない」


昨日の夜から今までの記憶が抜け落ちてる。


「月お姉ちゃん?」

私は顔を上げて、戸惑っている優姫を見た。


「月お姉ちゃん、生きてる?」


私の身体は優姫に預けている体勢で、ぐったりしている。
ペチペチ、と頬を叩かれる。


「え、まさかの演技?」


んなわけあるか。
こんな大それたことはしない。



私、死んで何か大事な感情を落とした気がする。
ただのかんだけど。


「息も止めて……」


深刻な顔つきになる優姫を横目に、私は
部屋を出た。
階段を降りようとしたら、私の部屋からキャーッと叫び声がした。
そして、零、拓麻、千里が私の身体を通り抜けて2階に上がった。
バタバタと騒がしくなった家から静かに立ち去ろうとした。


「私、これからどうすればいいんだろう?成仏できなくて、怨霊とか妖怪になるのかな」


できれば、案内人みたいな人が迎えに来てくれればなあ。
はぁっとため息を漏らした時だ。


「やあ、宇宙人の枢です」


怪しい美形の男に、行く手を玄関の前で遮られた。
上下繋がっているナイロン素材を着ている。
まあ、宇宙人には見えなくもないけど……残念な美形だと同情の眼差しを送った。


「何か用ですか?」


この人、変な格好してるし俺のこと見えてるし幽霊だよね。
こんな格好で外出るわけないもん。
生前は変質者とか?


「宇宙人です」


「あー、なるほど。生前は特撮ヒーローのエキストラでした?すごいですね、そのオレンジ色の宇宙服というもの?」


「フフ、現実逃避したい気持ちは分かるけどそろそろ現実を見てくれないかな」


枢という宇宙人の目は冷たいものをみるようだ。


「それが素ですか?」


宇宙人の枢と私の間に微妙な空気が流れた。
じっと見つめると、宇宙人の枢は区切りを打つかのようにペロリと乾いた唇を舐めた。
図星をつかれた。


「違いますよ。さて、気をとり直して黒主月さん。僕は、貴方を生き返させるためにある惑星から来ました。現状では、貴方は死んでおらず幽体離脱しています。元の身体に43時間以内に戻らなければ、肉体と霊体は離れて本当に死んでしまいます」


半分理解したが、ある疑問が浮かんだ。


「何で、宇宙人が人を助けるんですか?普通は天使じゃない?」


枢は早口で続けた。


「今宇宙では、天使や悪魔、未知の生物が人を助けるアニメが流行ってて、僕もその中の1人です。人間の作ったオタク文化はすごいです。どこの惑星もオタク文化です。なので、その波に乗って実際に体験したいと思い、はるばる遠い地球に降り立ったということです」

取って付けた文句みたいだ

苦し紛れな嘘のように聞こえて、胡散臭い。
やけに芝居くさい。
でも私はオタクだ。
枢が言った発言に何度もうなずき共感した。



「貴方は、何らかの原因で幽体離脱する時に大事なものを忘れてしまいました。それを身体に戻すことで生き返ることができるわけです」


妙にまとまった言葉だな。


「今話したことは、僕が設定した内容です。つきましては、今後の……」


何か喉に小骨がひっかかったような感じ。


「あの、今なんて」


枢は自分が言った事を思い出すとしまったと口を押さえた。
その行動を見てふと思った事が、次々と口から飛び出した。


「え?まさか――私が幽体離脱した原因をわざと作って、私の大事な何かを勝手に奪ったと。流行に乗って、人を助けて、自分が良い気持ちになろうとしたって?」


枢は目を細めた後、私から視界を外した。
何だそのフェイスは。
私は枢を睨んだ。
コイツのエゴで、私が大変な目に合っている。
けど、何か違う。
胸に手を当て首をかしげた。
身勝手でムカつきはしたが、死んだことに対しては無関心というかなんというか……。
これで良かったかもしれないと、私は冷静に思っている。


「怒ったかい?」


枢は様子を伺ってきた。


「いいや。……期待に答えられないけど、43時間後に死んでもいいよ。私、いてもいなくてもいい存在だし」


「それは駄目だ。家族を残して死んでしまったんだ。なんとしてでも生き返ってみせてくれないか?」


「今さら後悔?何だか私、家族に対して不満しか抱いてないんだ」


ペッと唾を吐きそうな気分だ。



「確かにあの兄妹はね……」


「うん?」


「まあ、でも、43時間あるからもう一度考えてほしい。僕のためにも」


枢はストップウォッチを前にかざし、ポチと押した。


「貴女のためにも」


フワリ、と飛ぶような感じで意識が遠のいた。



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