街界編
□Ep7. 拒絶の涙は
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――同年 5月22日 午前 7時 33分
柊 綺羅が鴉宮 琉刻の自宅に侵入し、ブラッティ・タウンの事を知った長い一日。その日より、おそよ二十日の時がたとうとしていた。
その間綺羅は変わらなく、当然琉刻も変わらなく、彼等の日常は侵されることなく、ただ近くにいて、当たり前に遠い側に、ただいた。
どうしたものか、朝、朝食を食べながら、綺羅は心の中で溜息を付いた。
綺羅は街の事を聞いてからの、この街の異常さをよく理解していた。
「なぁ、怜詩」
「今度は何?」
「……何時のまにか冷蔵庫に食材その他諸々が増えてるのはなんで?」
「それはきっと神様からのささやかなプレゼントだよ。綺羅が重い荷物を持って歩かなくてもいいようにってね」
なんて適当な返事をくれながら、綺羅と同じ様に朝食を取る怜詩を綺羅はじと目で睨む。
「……じゃあさ、俺等は携帯電話なるモノを所持しておりますが、コレは一体何時買ったんでしょう」
「そうだね、何時だったかな。二年前ぐらい?」
「……家の家賃とかどうなってるのかな」
「そうだね、きっと俺が綺羅の知らない所で払ってるんだろうね」
「……そもそもさぁ」
「ん?」
「怜詩って働いてんの?」
それに怜詩は今までに無い反応をくれた。箸を持つ手が止まり、今まで伏せられていた目を合わせられる。
何。俺変な事聞い……たけど。うん。
「……俺はね、」
「う、うん」
箸を置き頬杖を付いた怜詩に習い、綺羅も箸を置き怜詩を見る。
聞く態勢に話す態勢そのもの。その、筈なのに。
「うん、そうだな。うん。言うべきか言わざるべきか」
「いや、そこは言えよ……」
彼はどうやら本気で迷っているようだ。綺羅ははっきりとしない怜詩に、がっくりと肩を落とす。
だが話す方向に考えがまとまったようで、怜詩は再び穏やかな微笑を浮かべたまま、口を開く。
「俺は今、通常世界で暮らす異形の所で、一応働くといわれる事をしているよ。代償は、このタウンでの生活の補助」
綺羅はそれが耳に届くと共に、ぽかんと口を開けたまま固まった。
通常世界?今通常世界で働いてるっつった、この男。
「いやぁ、何だか夢限サンの事が大嫌いで俺の事が大好きな人がいてさぁ。その人が、自分の下で働くなら、ブラッティ・タウンでのその他諸々を援助してくれるって言うから、勉強も兼ねて了承した。多少欝陶しくて煩わしい人だけれど、利用価値は有るからね。まぁ所謂……パトロン?」
なんて軽く酷い事を爽やかな微笑みのまま言う怜詩に、取り敢えず綺羅は頭を抱えた。
「欝陶しくて、煩わしい…人?」
「うん、物凄く。だってしまいには結婚しろとか言うんだもん、あの女」
「成人してる男がだもんとか言っても可愛くな…………は?」
頭を抱えたまま言えば、更に綺羅の耳に有り得ない言葉が飛び込んで来、綺羅は眉を寄せたまま怜詩を見る。
「だからほら、パトロン?」
「そういう問題じゃ無いだろ!いや、そういう問題なのか?いや、何!?結婚って…結婚って何!?」
やはり涼やかな笑顔の言った怜詩に軽く焦り、綺羅は怜詩を凝視する。
それにではなく、綺羅の慌てぶりに、怜詩は少し目を見張る。
「いや、そんな慌てなくてもしないよ。結婚なんて面倒臭いもの。特にあいつとなんて」
「め、面倒臭くなかったらすんの?」
胡乱気に問うた綺羅に、今度は怜詩がぽかんとする番だった。
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