街界編

□Ep6. 悪魔の柩 後編
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――同年 05月08日




時任 棺の前に現れた悪魔、骸。

彼等はとても近く、だが限りなく遠い世界にいた。




蛇が行方不明のまま三日が過ぎた。骸と話さなければ、綺羅に話さなければと棺は焦る。

だけど、何かが喉を詰まらせる。


度々骸は現れ、自分を甘やかせては消える。

髪や肌に触れた冷たい体温が、棺をどうしようもなく不安にさせた。


骸、貴方は今、何処にいますか。

近くにいると感じても、貴方は側になんかいない。


骸、

骸、

むくろ、



呼ばなくても側にいるって言ったでしょう?





「――…嘘つき」





棺は自宅の部屋で一人、忌ま忌まし気にただ、呟いた。




















綺羅が琉刻の家に通い始めてから、棺は家までの帰路を遠回りしていた。

高台に上がりこの忌まわしい街を眺める。

黄昏の紅が街を紅く紅く染めあげ、棺を責め立てる。


「……血みたい」


ブラッディ・タウンが、紅く染まる。

それは怖く恐ろしく忌ま忌ましく。



「…もう、嫌だ…」



泣き声まじりの震える声で、棺は俯く。

苦しい、辛い、帰りたくない。



――死にたい。



巡り巡る最低な思考。いっそ清々しい程に、闇が内から沸き上がる感覚に、棺は瞼をきつく閉じる。

ああ、分からない。自分が何を求めているのか、分からない……。





「――ヒツギ」





渦巻く全てを否定し拒絶するような暗い考えに溺れていれば、不意に背後から呼ばれ、棺は振り向く。

いたのは顔も知らない30代前後の男。ああ、穏やかに相手してやる気力すらない。


「…誰、ですか?」


棺は拒絶が見え隠れする、少しつっけんどんな言い方に加えて微かに首を傾げ、男に問う。

男はその間棺へと歩を進め、棺は知らない人間への警戒心から、半歩後退る。


「ヒツギ」


もう一度、厳かに呼ばれる。返事を、反応を憚らざるを得ない、冷たく、感情の起伏のない平淡な声音。

それがやけに――恐ろしい。


「ヒツギ」


もう一度。ヒツギと何度も呼ぶ男は棺の前まで来、彼を見下ろす。

感情の感じない無機質な瞳。棺は無意識に、ゆっくりと後退る。


「ヒツギ」

「――なんですか、」


これは、この無機質な物は、何?

棺はその男の意図が分からず、怯えに震える声で静かに問い掛ける。


「ヒツギ」


だが答えず、まるでそれしか知らぬ様に、男は紡ぐ。

棺はそれに苛々が募る。意味が分からない。


ヒツギ、ひつぎ、棺、



「――なんだって言うんだよッ!!」





一体、僕が何をしたって言うの。何だっていうの。

叫んで俯けば感じる視線と、視界に入る、自分に向けて伸ばされた腕。


「…ッ!」


棺は咄嗟に身を引くが男に二の腕を捕まれ、驚きと恐怖で男を見る。

そして男は変わらず冷淡に、平淡な声音と、一寸も変わらない無表情で、それを紡ぐ。







「――アクマノ、ヒツギ」







アクマノ、ヒツギ。

男がそう呟いた途端、ピキンと世界が音を立てて止まった気がした。

とても遠い日に、その言葉を、聞いた気がする。


「……僕、は、」


表情の変わらなかった男の顔が、ニヤリと不気味な笑みで笑った気がした。




そう、僕は。









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