街界編
□Ep3. 堕落の街
1ページ/16ページ
不意に、ずきりと痛む。
「――あ……ッ!?」
痛む。
熱い。
首筋から走る、鋭い痛み。先程肩を捕まれた際の痛みより鋭いそれに、綺羅の瞳が霞む。
堪らずに琉刻を押し退けようと服を掴み引っ張る。だが痛いと思った次に襲う、何とも言えない違和感と、背中がぞわりとする感覚に、壁に背中を付き、立っているのがやっとになる。
痛みにぼうっとする。なんだこれ……?
頂にあたる手の体温と、首筋にあたる熱。
喉が詰まるように、声が出ない。身体が動かない。
痛い、痛い――。
気持ち悪い、ぞわぞわする。
「――ッ!?」
痛みに、言葉にならない声がなる。喉がひくりと震えた。
挟まれるような痛みと、生暖かい液体が肩から垂れる。
理解した。
―――噛まれている。
強く噛まれているのだ。それは、血が出るくらいに強く。
それを認識したからか、急に痛みが鋭くなる。その一瞬の強い痛みを感じた後、直ぐに歯が離れた。
痛みと背中がぞくぞくする違和感に、思考が薄れる。やっと解放された事で無意識に安堵した。
だが途端に聞こえる、戸惑ったような苦しげな声。
「…な……んだ…これ……ッ」
紅い瞳が苦しそうに歪み、琉刻は綺羅の血に濡れた唇を手の甲で押さえ、綺羅はその様に目を見張る。
「……る、こく…?」
呼びかけに応えず、琉刻はただ気持ち悪そうに顔を歪める。
綺羅はその唇の紅を見て、綺羅はその唇があたっていた首筋を押さえる。
どろりとした赤が、手の平についた。
「……な…に……?」
意味が分からない。綺羅は混乱のまま自らの手に付いたそれを眺めた。
だが不意に聞こえた、驚きを含む声。
「…あ……ッ!?」
琉刻は今綺羅の存在に気付いたかの様に綺羅を見た後、その表情に驚愕を表した。
目を見開き、綺羅の首筋から流れる紅い血と、口を押さえた際に手の甲に付いた血を交互に見遣る。
その表情は、先と同じく、怯えを含んでいた。
ただ、その矛先は、綺羅では無い。
「…ぅ…ッ…!」
ごぷ、と鈍い音がする。琉刻は口を押さえ、苦しげに顔をしかめる。
がくりと膝を付いた琉刻は――血を吐いた。
「――なッ、……琉刻!?」
今の状況をやっと理解した綺羅は、膝を付き琉刻の肩を掴む。
琉刻は気持ち悪そうに顔を歪め口元を押さえている。
人を呼ぶ、とか、綺羅の頭に浮かんでは消える。
―――バレる訳にはいかない。
綺羅は、紅い屍を見遣り、顔を強張らせた。
すると不意に、唸るような琉刻の声が耳に届く。
それは確かめるように、責めるように、だけど不思議そうに。
「……気持ち、わるい……お前、なんだよ……ッ!」
「なに、て……?」
何が言いたいのか分からない。琉刻の憤りに、綺羅は混乱からか、珍しく弱々しい声音で問う。
訳が分からない。
琉刻に噛まれるし、肩は痛いし、血は出るし、琉刻は血ぃ吐くし、意味分かんない事言うし。
頭が、飽和して破裂しそう。
意味が分からないだけじゃない。噛まれた場所が熱くて、熱くて……熱が――治まらなくて。
「――琉刻!!」
急に聞こえた第三者の声に、綺羅はハッと顔を上げた。
荒げたその呼び掛けに、巡らなかった思考が戻りだし、熱かった熱が引いていくのが分かった。
琉刻にどこと無く似ている華奢で、黒髪黒目の人物は、開けっ放しだったドアから慌てたように入ってくる。
それは、気持ち悪そうに口を押さえて座り込む琉刻を見、はぁと深いため息を付く。
「あーあ、ちょおっと遅かったね」
「……誰…?」
弱りまくっている琉刻を見て、からかう様な口調とは逆に慌てるように琉刻の側に膝を折る人物に、綺羅は問う。
「まぁ、僕の事は置いといて……大丈夫、琉刻?」
綺羅へ返答してから、琉刻へ問う。それに琉刻は微かな安堵を表すかのに、息を付き、その問いに答える。
「……大丈夫に見えるか?」
「うん。見えない」
琉刻のそれに、彼はにこり笑みながら答え、それと同時に、ぐいっと不満げに眉を寄せたな琉刻の腕を引き、
「…え、?」
――なんの躊躇も無しに、琉刻の首筋に噛み付く。
綺羅はそれに訳が分からないと気の抜けた声を漏らすが、二人には黙殺される。
「ちょっ、何してんの!!」
「ん〜?……へーきだよ」
綺羅が慌てたようにそいつのその行動について問えば、そいつは歯を離しぺろりと唇を嘗め、薄く笑みを浮かべた。
.