街界編

□Ep2. 狂いゆく少年
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同年 05月 04日 07時 12分



平日の朝。綺羅は今年から通う高等学校の制服に着替え、二人分の朝食を作る。

毎日の光景。変わらない、朝の日常。

なのにこんなに苛立つのは、変わりきった非日常に出会ってしまったから。








「起きろや、クソ怜詩がぁぁあぁあッ!!」


バンと勢いよく扉を開け、近所迷惑考えずに綺羅は叫ぶ。

するとベッドに寝転ぶ男は、ゆっくりと寝返りをうち目を開け、綺羅を見た。

柊 怜詩_ヒイラギレイシ。綺羅の同居人であり従兄弟の、24歳の男。


怜詩は猫のように目を擦りながら、寝起き特有の掠れた声で呟くように愚痴る。




「………最近起こし方荒いよ。そんなに叫ばなくても起きるのに。もう……可愛がってるのに俺の新妻は……」

「誤解生みそうな発言止めろ!ついでにだぁれが新妻だッ!!」


本気なのか冗談なのか分からない事を言われれば、綺羅は又しても叫び、男は寝転んだまま欠伸を漏らす。

仰向けのままゆっくりと起き上がり、長めの前髪を掻き上げる。肩より長い後ろ髪が、肩を滑り落ちた。


「いいじゃない。綺羅可愛いんだから」

「全く別問題!!それに容姿について褒められたくないね!」


腕を組み不機嫌丸出しで叫ぶ綺羅に、怜詩は少し考えるような沈黙の後、目を細め、唇に弧を描かせた。



「………綺羅は朝から可愛いね。制服にエプロンで起こしに来ないでよ萌えるから。綺羅マジ可愛い嫁に来い」

「嫁ってなんだ実際嫁っぽいけど嫁ってなんだ死ね」

「なんだろう………ツンデレ萌え?うわ、王道」

「もういいよ馬鹿ッ!!」


綺羅の言に耳も貸さずに、怜詩は自分の言いたい事だけを言い綺羅を怒らせる。

普段どんな陰口を叩かれようと、例え殴られようと、怒られようと、気にも止めず傷付きもしない図太さと無関心さ、そして精神的に強い綺羅を泣かせられる人は少ない。

怜詩は、その数少ない一人だ。


「綺羅、ちょっと」

「なに」


怜詩はひらひらと手招きをし、綺羅は邪魔だったのかエプロンを脱ぎ捨ててそれに素直に従う。

ぽんぽんと笑顔でベッドを叩かれ、そこに座れと示さる。綺羅は抵抗も躊躇もなくそこに座り、怜詩を睨む。

‘久々’に、怜詩は綺羅を見て楽しげに笑った。






最近は全く相手をしてくれなかったというのに。


「で、どうしたの?最近ずっと機嫌悪いの、なおらないね」


怜詩のそれに、綺羅は不満げに唇を結ぶ。怜詩は変わらずに、楽しげだ。


「……やっぱ気付いてたんだ」

「勿論。綺羅ほど分かりやすい不機嫌はないよ」

「なんで分かっててずっと構ってくれなかったんだよ」

「ああ、ごめんね。寂しかった?」


くすりと笑まれる。それに綺羅は溜まっていた苛々が増幅していくのが分かった。

こいつまた俺を観察対象にしてたな。


「……怜詩なんて嫌いだ」


綺羅が呟くと、怜詩は次の言葉を待っているのか、何も言わずに黒い笑みを端麗な顔に張り付けた。


「とことん意地が悪くて俺の嫌がることばっか言う……もういい、今日から飯、魚メインな。魚料理ばっか作ってやる覚悟しろよ魚嫌いめが。土下座して謝るまでぜってぇ止めねぇ、あははは」

「……すみませんでした姫、止めて下さい」


この家の家事一般を熟しているの綺羅の攻撃は大ダメージなようで、怜詩は直ぐに謝った。

土下座じゃなく、未だベッドの上だけれど。


「………じゃあ、今日の晩飯煮魚な。買い物してこなきゃな。全部食ったら許してやる」

「え!?じゃ、じゃあ、あの、小さいので………」


さらりと死刑宣告した綺羅に言ってみたが、多分無駄だと怜詩は知っている。決めたら曲げない、それが綺羅だ。

それが分かっていながら虐めているのだから、そのくらいは諦めよう。


「………な、怜詩」


その呼びかけに、怜詩は口を閉じ、ぽんと綺羅の頭を撫でる。


「学校は?」

「サボる。多分午後から行く」

「分かった。で、どうしたの?」


すんなり午前のサボりを許した保護者は、先程の楽しそうな笑みではなく優しい笑みを乗せ、話を聞く体制に入る。

綺羅は少し顔を歪ませて、ぽつぽつと話し出す。


「……誰にも叶えられない、ある人にしか叶えてもらえない願いがあるんだ」


綺羅が言ったそれに、怜詩は考えるような沈黙の後、静かに問う。


「その人限定なの?」

「そう、そいつ限定。そいつも………叶えてくれなくもなさそう?だったんだけど」

「無理だったと」

「そう。んでその理由が教えてくんなくて、分からなくて、」


言わずもがな、それはあの晩の事がきっかけで出来た願いであった。

そして勿論、ある人とは鴉宮琉刻その人の事である。深くは聞かず、綺羅の言葉を静かに聞く怜詩を前に、今から一週間前の事だ――。





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